複雑・ファジー小説
- Re: 赤が世(略)【100話超えてた】 ( No.144 )
- 日時: 2012/07/18 17:04
- 名前: 揶揄菟唖 ◆bTJCy2BVLc (ID: 5VUvCs/q)
26・早く、早く、欲望が腐らないうちに。
当ても無く、ふらふらと街を歩いた。
私は、もう前の私とは違う。
今日は、誰にも言わないで、家を抜け出した。悪いことをするのは初めてなので、ドキドキとわくわくが入り混じり、変な感じがする。
癖になりそうな感覚を胸に抱いて、歩を進めていると、視界の端に、赤が入った。あの日の赤を思い出して、その方へと向くと、いつかの風船を空にばら撒いた赤い着ぐるみの中身が、全身を黒に固めた男と一緒に歩いていた。歩調は早く、何やら焦っているようで。私は、なんとなく気になった。心が引っ掛かる。なんだろう、この感じ。あの黒い男が抱えているものは、なんだ。遠くて見れないけれど、近くの人間が驚いているのは分かる。
そんなに、驚く物なのかな。
私は、赤着ぐるみが、普通の生活をしているのに、ほっとした。
なんだ、大丈夫じゃんか。良かった。もしかしたら、私がなんか言わなくても、平気だったのかな。まあ、いいか。とりあえず、私はアイツに救われたわけだし。アイツが居なかったら私は今も、ベッドの中で狭い世界を必死に守っていただろう。掌で、つまんない、モノクロの世界を、転がして。それの何が楽しいのか、もう今の私には、分からない。
遠くから聞こえる私を呼ぶ声に、私は軽く笑った。
ああ、毎日って素晴らしい。
+ + + +
「列車を出せ、早く」
でも、ギガントが。
そんなことをいう女を、俺は睨み付けた。女はおどおどしながら、俺の手の中にあるものを見て、口に手を当てた。顔から熱が引いて、青白くなる。
気持ち悪いのか。吐いた方がいいぞ。その方が、楽になる。だけど、ここでは吐くなよ。吐いたら、吐いたなら、凪が傷つくでしょ。凪はまだ死んでないって。だからそんな、顔しないでくれよ。
「良いから、早く」
早くしてくれよ。じゃないと、早くしないと、頭がおかしくなりそうだ。赤女は、さっきから目線を落としている。赤女も、凪を見ることができないようだ。俺は見れる。こんなもの、平気だ。だって凪には変わりないから。血は止まって、赤黒くなっている。
女が言うビーストは、もう倒した。赤女と凪が。俺は何もしていない。コイツ等が頑張ってくれたから。もう、平気だ。
だから、もう列車は出せる。それを、上手く説明できる人間は、ここには居ない。赤女も俺も、頭が混乱していて、上手く言葉が出ない。
早くしてくれ。この思いを、分かってくれ。
「何してるんですか、早く出してあげて下さいよ」
人間の関係という物を、俺は少々バカにしていたようだ。いつの間にか、背後に立っていた人物は、その機械的な目で俺の手の中の凪を一瞥し、女に向き直る。
異様なそいつを見て、女が後ずさった。そして、そいつの翳した物でさらに後ろに下がる。彼の握っている物は、先ほど俺たちが倒した、ギガントの死骸だ。腐った臭いが、強烈だった。なんでだろう。凪の匂いは、気にならないのに。
「……アスラ」
縋る様な声が出て、なんだか情けない。赤女の体が、強張るのが見て取れる。だが、あの時のようにアスラから殺気は感じられなかった。それを見て、俺はそっと胸をなでおろす。
「何をしてるんですか、早く」
アスラが追い打ちをかけると、女がしばらくお待ちください、なんて言葉を残して、走り去った。
良かった。なんとか、列車を出して貰えそうだ。早くしないと、凪が完全に腐って、どうしようもできなくなる。
ここから、アイツの所までは、大分離れている。のんびりなんて、していられない。これは、完全に消してしまわなければいけない。
「なんで、こんな、」
俺たちを助けるなんて、変だ。アスラは、赤女の肩を掴んでから、そっと離した。一瞬、心臓が跳ねた。両腕は塞がっているから今赤女に手を出されたら、終わりだった。危ない。
そうだ、すっかり忘れていたけれど、赤女にとってコイツは、アスラは天敵だ。尋常じゃない恨みを、アスラは赤女に持っているから。でも、今はなんでだろう。なんというか、どちらかと言うと味方っぽいから。安心したのだ。少しだけ、心を開き始めていたんだ。それに気付いて、心をそっと閉めた。気を引き締めなくちゃいけない。気をつけないといけない。
そんなこと、当然なことなのに。
「……別に、ちょっと気になっただけだ」
気になっただけ、それだけで、わざわざギガントの死骸を運んで来たのか。つくづく変な奴だ。心に少し、余裕ができた。
落ち付こう。落ち付かないと、アイツに頼るんだ。何をされるか分からないけど、でも、俺はコイツを生き返らせたい。この事実を、認めたくない。
これは、俺の我儘だ。
+ + + +
「さてと、ワタシは少し出かけてくるよ」
消えてしまえ。
お前なんか、消えてしまえ。嫌いだ。全部嫌いだ。
「いい子にしてろよ、していなかったら、どうしようかな。なんでもできるぜ、ワタシは、何でもできる」
言ってろ。好きにしろ。言いたいだけ言え。ただ、俺はお前が嫌いだ。大嫌いだ。お前なんか嫌い。俺の前から、早く消えろ。目が腐る。
「あー、でも、どうしようか。魔術、平気だよね。母親よりも、魔術は苦手なんだろ?」
うるさい。うるさい。そうさ。俺は、魔術が嫌いだ。お前と同じくらい、嫌いだ。だって、魔術は全部、壊したんだよ。俺も、母さんも、全部全部。そして、魔術に縋るしか無い俺も、俺は嫌い。魔術なんて、この世から消えればいいのに。
「じゃーね、すぐに戻れるか、分からないけど」
ひらひらと揺れるその手を、引きちぎりたい。イライラする。お前の全てに、イライラする。そして、お前は俺に背を向ける。
その背中を、一回り小さいくらいの影が、追いかけた。俺は、それを薄く開いた目でしか見れない。足も手も動かない。動けたら、もうとっくに逃げているのに。
舌打ちをしかけた時、小さな影が俺を振り返った。
「大丈ブ? 元キ、出しテ」
出るか。何言ってんだよ。ほら、早く行かないと、お前のご主人様が、行っちゃうぞ。そう思うけど、口には出さない。しばらく俺の様子を覗ってから、再び小さな影は動き出す。
俺は、それを見送って、拳を握りしめた。
ごめん。ごめん。俺、本当に迷惑な奴だ。瞼の裏に、3人を浮かべる。
俺は俺のことが嫌いだ。
でも、みんなのことが好きな俺は、好きだ。
そう、感じさせていてくれないか、アシュリー、ムーヴィ、銀。
〜つづく〜
二十六話目です。
参照800、あざました!!