複雑・ファジー小説

Re: 赤が世(略)【100話超えてた】 ( No.157 )
日時: 2012/08/19 21:27
名前: 揶揄菟唖 ◆bTJCy2BVLc (ID: 5VUvCs/q)



37・過去を映す鏡。


「っ、それっ、仲間じゃないのかよっ」

腹は減っている。でも、抵抗して置かないと、舐められそうだったから、反抗を見せる。マリンブルーは、きょとんしてから、笑った。
人の良い笑みだった。アシュリーの笑みに似ている。すべてを許しそうな、そんな笑顔。

「やだなぁ、パルちゃん。死んだ奴を仲間って思う奴なんか、居るわけないでしょ」

おかしそうにひとしきり笑った後、マリンブルーは死体の頭を蹴り上げて、吹っ飛ばした。嫌な音がしたから、多分頭蓋骨が折れたりなんかしたんだと思う。容赦ないな。
俺は思わず目を背けた。
振り返ったマリンブルーはまだ笑っていた。
そういうものなのかな。俺も、銀が、アシュリーがムーヴィが死んだら、死体になったら大切にしなくなるのかな。仲間だと思わなくなるのかな。そんなはずはない。俺は、動かなくなったら、大切にする。もっと大切にする。生きていた記憶ごと。
それなのに、コイツは。

「大体さぁ、負けた奴なんかに、誰も興味無いっての」

「負け、た?」

何に? と思った。なんでと思った。どうしてそんなことを言い出すのだろう。今、そんなこと関係あるのか。
なんでコイツは、こんなに早く笑顔を切り替えられるんだ?
なぜこの男はこんなに早くこの部屋の空気を変えることができるんだ?

「そーそ。負けたのよ。それでぇ」

マリンブルーは、硬直する俺の耳に息を吹きかける。ぞくっとして逃れようとするけど、体が上手く動かない。両手足のせいじゃない。
コイツの笑顔のせい。コイツの纏う雰囲気のせいだ。
気が付けば、唇が震えていた。そんな俺の様子に気が付いたのか、マリンブルーが耳元でクスリと笑う。ずんと、また空気が重くなった気がした。

「雷暝様に殺されちゃったんだーよ」

雷暝。あの男は。俺を連れ去った本人。
アシュリー、ごめん、1人にして。銀とムーヴィと会えたかな。しっかり守って貰った。

「だってコイツ、雷暝様の前で負けるんだもん」

マリンブルーはまだ懲りずに俺の耳元で喋り続ける。
身を捩らなきゃ。コイツ、嫌だ。俺、コイツ嫌い。雷暝よりもましなことは分かるけど、嫌だ。会話は通じる。喋る気にもなれる。暴力はしてこない。嫌なことも言わない。でも、嫌だ。

「雷暝様は、負けるような奴に興味は無いんだよ」

ようやく、マリンブルーが離れる。謎の息苦しさが消えた。
息を吐き出して、唇を舐める。酷く乾いていた。
マリンブルーを見上げると、眉をひそめて、なぜか悲しそうな顔をしていた。その顔を見て、なんだか息を忘れた。さっきとは違う息苦しさだ。
この顔、知ってる。この顔は、知ってる。よく、知ってる。

「……俺も、負けたらこうなるんだ」

この顔は、母さんの期待に応えようとしていたころの、俺の顔。


〜つづく〜


三十七話目です。
がんばれ、パル。