複雑・ファジー小説

Re: 赤が世界を染める、その時は。 ( No.176 )
日時: 2012/09/28 22:11
名前: 揶揄菟唖 ◆bTJCy2BVLc (ID: w93.1umH)



12・犬のような女。


名前を呼ばれた。いろんな人に。たくさん。何度も。

私は、正義が好きだった。正しいとは、何か。そんなのを深く考えることは嫌いだったけれど、人を助けるのが一番の正義だと信じていた。
憧れに近かったその気持ちは夢になって、私は剣の腕を磨いて、騎士団に入団した。下っ端だったけれど、自分がこの街を守っていること自体が快感で、私にとっての幸せだった。
剣の腕では隊長とかに比べれば天と地の差だったけど、その差をどうにかして埋めようと、鍛練を欠かさなかった。
正義のために。
私は街の中もよく徘徊をした。
荒れていた村を、少しでも抑えることができたら。
若いころの私は、そんなことを考えていた。

「何をしている」

暗い路地裏を除くと、若い女の子を取り囲んだ男たちがいた。三人。
いきなり現れた私の服装を見て、三人の顔が怒り色に染まっていく。不愉快だ。私は何も悪くない。
少し動きづらい鎧に身を包んだ私の姿は、三人のバカにはどう映って居るだろう。
犬か。私たちをそう罵る輩も少なくない。王家に仕えて、国を守るために国の言いなりになる、犬。
私はちっともそんなこと考えたことは無い。入団した時から、正義のためだと思って頑張って来た。私と同じ時期に入団した人たちも、今では顔を見ることも少なくなった。
厳しい訓練についていけなくなったり、自分が何のために騎士団に居るのか分からなくなったり、戦いで死んだり。
気が付けば、もう騎士団に居るのは数えるだけ。その人たちも、死んだような目をしたり、一日中何もしなかったりしている。
それじゃあまるで、道の端に転がっている人間と同じだ。

「あー? 騎士団の奴かー」

「コイツよく待ちぶらぶらしてる奴だろ」

「暇で良いよなー騎士団様はよー」

女の子の腕を掴んでいる男を抜いた二人の男が、私の方に近づいてくる。私は右手の力を抜いた。すぐに刀を抜くためだ。
バカ面が近づくのが不快で、自然と眉間に皺が寄る。

「暇なのはお前たちの方だろう。バカなことは止めろ」

私の鼻先に近づく顔。息がくさい。コイツ、多分薬をやっている。

時々、騎士団にも薬が支給される事がある。争いを担当する人たちが居る。そうなると当然、人を殺さないといけない時がある。そんな人のための、薬。
薬を使えば、人を殺すときも怖くない。人の命を奪っている感触が、紛れる。
仕方がないのだ。そうでもしないと、やっていけない。私は薬なんて使ったことは無い。
人を傷つけることはあっても、殺すことは無い。それも、悪い人間を傷つけるから、私は悪くないのだ。

「んだよ、犬が」


〜つづく〜


十二話目です。
ちょっと別の人を。