複雑・ファジー小説

Re: 赤が世界を染める、その時は。 ( No.188 )
日時: 2012/10/15 17:05
名前: 揶揄菟唖 ◆bTJCy2BVLc (ID: w93.1umH)



22・恐怖のような悲しみ。


人が多くても、異質な空気を纏う黒と赤にジャルドは近付いて行った。
そこで私がまず気になったのは、怖くないということ。
私は以前、この赤まみれの女に出会った時、底知れない恐怖を感じた。

首に縄を掛けられているような、緊迫。そんな感情に捕らわれて、私の心の中に、誰かの悲しみが入って来たかのように冷たくなった。それを今でもはっきりと覚えていて、時々夢にも出てくるくらい。そんな悲しみと怒りと憎しみ。そして愛を背負った赤まみれの女。のはずだった。
でも、今この飛行船であってみたら、そんな様子は見せない。私はいたって普通に呼吸ができるし、頭痛もしない。
なんだ。気のせいだったのだろうか。まさか。あれだけのことが、気のせいだったなんて有り得るのか。私の感じたことが間違いってことも、あり得るのか。
私はこの勘というものに頼って来た。
人には見えないもの。人の感情。背負うもの。それを、感じ取ることができる。共有することもできる。それは、魔術に近いものだ。
私自身が、魔術をいじって完成した、芸術品。

そうとも。カンコ。カンコ。お前は私の芸術品なのだよ。ようやく理解し始めてくれたかね。私の芸術品だという自覚を早くしておくれよ。私にはカンコだけだ。私はすべてをカンコに捧げてきた。私のこの期待に応えるために、カンコは頑張らなくてはいけない。私のためにカンコ、お前は生きるのだよ。お前は私のために生きて、私のために死ぬ。そうだろ。そうじゃなくちゃいけないのだ。お前はそれで良いのだ。お前は何も知らなくて良いのだ。お前は純粋無垢に、心を揺すられれば良い。そうだ。何か深いことを考えちゃいけない。お前は賢い。私の期待に応えろ。そうしなくちゃいけないということくらいは、できるだろう。
カンコ。
私の可愛いカンコよ。

私の頭の中には、奴がいる。それは現実かもしれないし、夢かもしれない。
これは、鎖だ。私を縛る鎖。私はいつか、コイツの願いをすべて無視できるようになって、コイツの声から逃げて、コイツの束縛から逃げて、自由になる。私は、自由になりたい。私は、ジャルドと一緒に居たい。私は私だけのカンコで居たいから。

私の頭を撫でるジャルドの大きな手。私はそれを久しぶりに受け入れた。それに機嫌を良くしたジャルドが、指を鳴らして見せた。
紳士であるジャルドは、一つ一つの動作が美しい。優雅だ。

「そうだ。ライアーに雪羽嬢。酒でも飲むか」


〜つづく〜


二十二話目です。
雪羽嬢、言わせたかっただけ。