複雑・ファジー小説

Re: 赤が世界を染める、その時は。 ( No.19 )
日時: 2012/05/10 20:49
名前: 揶揄菟唖 (ID: yZ7ICI8F)
参照: http://www.kaki-kaki.com/bbs_test/view.html?526461

11・赤、名乗る。


窓に思いっきり手をかけて豪快に開く。
すると外の風が静かに車内に侵入してきた。

あぁ、気持ちがいい。

適当に椅子に座り込んで景色を眺める。

私は今、感動している。人生の運を全て使い切った気分だ。

ライアーの武器を思いっきり折ってしまい、その謝罪として、何故かライアーのお供になった私は、都会に向かう列車の中にいる。

それがもう凄い。
何しろ、貸切なのだ。
このいかにも【お金持ち用】の列車が。
誰も居ない。
誰も居ないのは淋しいけれど、やっぱり落ち着くというかなんというか。
過ごしやすい。
きっとこんな豪華な列車を貸しきってしまうのだから、ライアーは凄いお金持ちで世界的に有名なハンターだということを、見せ付けられたような感じがする。少し癇に障る。
でも私はぎゃーぎゃー言えるような立場じゃない。
なんせライアーの武器をおって足を引っ張った。
「ライアーなんか偉そうだね」
なんてことを口走ろうものなら、すぐにでもこの開けはなれている窓から私は放り出されるだろう。
そんなのは嫌だ。
もうさっきまで居たところから大分離れていると思う。
もう帰れないだろう。
それに今向かっているのは憧れの都会。

きっと大きいビルが何個もあって、見たこともないようなきらびやかなネオンが光っているんだろうなぁ。楽しみだ。
それと同時に淋しい感じもする。
森とかももう見れないかもしれない。
もうちょっとちゃんと、さっきのおっちゃんに挨拶をしておくべきだった。
おっちゃん、いい手袋をありがとう!
大切にするね!
叫んでしまおうか。
そうだ、この列車は貸切なのだから。

初めての豪華な待遇に思考回路が麻痺してきた私は、窓の淵に片足をかけて上半身が外に出るような体制を取る。

うっし!
いっちょ叫びますか!
ここからおっちゃんに届け!

「っおっ」

「何やってるんだお前は」

ちゃぁーーーん……。

私の声はライアーにかき消され、地へと儚く落下した。

邪魔すんじゃねぇよ。

私は叫びたかった。

おっちゃんよ、私の思いは貴方へ届かなかった。
この凄腕大金持ちハンター様様のせいで。

ライアーは、さっきまでのコートを脱いで、厚手の黒いティーシャツ姿で私をあきれたように見つめていた。

「みっともないからやめろ。というか飯だ」

みっともない。
私のおっちゃんへの思いは、みっともないの一言で片付けられるような物じゃない。

私は叫びたかった。

おっちゃんよ、飯です。

「……なんですか、これ」

清楚な洋服に身を包んだコックさんが運んできた料理を、目の前にして私は大人しく席に着いた。

だって、ねぇ。

「ブタ牛のステーキだ。なんだ、いらねぇのか」

そう言って、私のステーキの皿を自分の方へ引き寄せようとするライアーの腕を私は勢い良く掴んだ。

「要ります」

要らない、だと?
要らないわけないだろう。
あのブタ牛の肉だぞ。
超高級品だぞ。
初めて見るんだぞ。
庶民にとっては匂いをかいだだけでも、奇跡と言われる代物が私の目の前にあるなんて。

あぁ、神さま仏様ライアー様。
さっきは心の中で暴言を吐いてすみませんでした。
そりゃあハラダ・ファン・ゴの武器買えるんですもんね、ブタ牛くらいいつも食べててもおかしくないですよね。

「いただき、ます」

感動で震える私の手がフォークとナイフを握り、その柔らかそうな肉を引き裂いた。
やはり、柔らかい。
滴る肉汁と、なんかよく分からないけど、とりあえず美味しそうなソースが肉に絡み付いている。

ライアーがそんな私を不思議そうに見つめていることは気にしない。気にしてやるものか。今は肉優先だ。肉。

食べた。

初めて、食べた。

「……おいしぃー」

コレは本当に食べ物なのか。肉なのか。
旨い。美味しい。
これは病み付きになる。

私のフォークとナイフはとまることを知らず、どんどん肉を引き裂いて私の口の中へ運んでいく。
そんな私を見て、漸くライアーも食べ始めた。
テーブルマナーを良く知らない私よりもずっとずっと美しい食べ方だった。
そんなライアーを横目に見ながら肉を飲み込む。

これは、ダメだ。
もう前までの食生活には戻れないだろう。
あんな野菜だらけの食生活なんてもう思い出したくない。

「そういえば、」

がつがつと食べ進める私にライアーが話を振ってきた。

えぇい、邪魔をするな。
叫びたい。がライアーがいなければこの肉も食べられなかったと思うと大丈夫だ。心に余裕ができる。

「どうしました?」

早く済ましてくれ。

一応失礼かなと思い食べるのを中断して紙ナプキンで口の周りを拭う。
すっごいソースがついた。
もったいない。

「お前、名前は?」

このタイミングでそれかよ。
私にはどうでもイイことだが確かに考えてみると私は一度も名乗っていない。私はライアーのことは知らなかったけれどおっちゃんに教えてもらったから私はライアーのことを知っている。

このままじゃあ不平等か。

「ユキハといいます。雪に羽で雪羽」

久しぶりに名乗った気がした。


〜つづく〜


十一話目です。
おれでやっと主人公の名前が判明です。
次の更新はいつになるか分かりませんががんばります。


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