複雑・ファジー小説

Re: 赤が世界を染める、その時は。 ( No.197 )
日時: 2012/10/21 17:27
名前: 揶揄菟唖 ◆bTJCy2BVLc (ID: w1J4g9Hd)



31・鎖のような嘘。


「人は、死ぬよ、赤い嘘吐き。あなた、そんなことも分からないような馬鹿なの?」

ロムは唇を手で押さえて笑う。俺の心に、その言葉が突き刺さる。
知ってるっつーの。人は死ぬ。俺を、残して死んでいく。いつか、俺を作ってくれたクオも、ユコトも死んでいく。それは知っている。

いや、でも。俺は思い出した。ずいぶん昔のこと。俺は、クオに心を開きかけて来ていた。
この人なら、俺を支えてくれるって。この人なら、俺を助けてくれるって。そう思い始めてきたとき。
俺は、クオに初めて自分から話しかけた。


 + + + +


「クオ」

クオは俺に、綺麗な服をくれた。そして、おいしい食べやすいご飯もくれた。抱きしめくれるし、俺に名前をくれた。傷も直してくれた。
でも、怖い。クオが怖い。違う。違う。クオは怖くない。

「クオはいつか死ぬ?」

いつか死んでしまうだろう。それが怖い。クオもいつか、死ぬ。俺を残して、死んで行く。きっとそうだ。そうに違いない。人は死ぬから。人はいつか死ぬから死んでしまうのが宿命だから。逆らえないから。それが人だから。

クオは持って居た紙の束を机の上に置いた。
すごい綺麗な部屋。そこで俺はお茶を飲む。クオの髪を捲る音や、クオがペンを走らせる音を聞きながら、お茶を飲む。
それがこの時間にする俺に日課だった。
クオはユコトがクオの肩に掛けて行った上着を外して、俺の肩に掛ける。小柄なクオがかけていた上着でも、俺にはぶかぶかだ。

「死なないよ。僕は、死なないさ。君と……それからユコトを置いて、死ぬことなんかできないよ」

クオは、小さい。ユコトよりも背は低いし、腰は細いし、胸板は薄い。それなのに、クオは強い。俺よりもずっと強い。ユコトも強い。クオには無い強さをユコトは持っている。
クオの言葉は魔法だった。
お茶がおいしくなる。心が温かくなる。

「クオは、死なない」

カップを掌で包みながら言葉を繰り返す。今まで、クオが嘘をついたことは無い。信用して良い。

「——————そう、僕は死ねない」


 + + + +


言葉が足りなかった俺でも、クオとは喋っても良いと思った。俺が今、こんなに普通になれたのは、クオのおかげだ。クオの言葉を、俺は信じている。
俺は、でも、人が死ぬのは嫌だ。俺は分かっている。人はいつか死ぬ。クオは、きっと死ぬ。でも、俺を心配させたくなくて言ったんだ。

俺が唇を噛むのを見て、ロムは得意そうにしている。
俺を言い負かせることができたと思っているのか。そうじゃない。俺は知っている。こんな女より、人が死ぬということを理解している。

「あーあ、サインならもう良いや。ってかさ、こんなバカもう興味ないや」

ふっと、ロムが息を吐く。
これだけバカにされて黙ってはいられないけれど、ここで暴れたってどうにもならない。

しかも、こんな一般人に。

「ヒダリ」

「っ!」

反応したのは、俺じゃなかった。いつも腰に愛刀を下げている、ジャルドだった。

ロムが、ヒダリの名前を呼んだ。
それだけだった。分かったのは。

……一般人?


〜つづく〜


三十一話目です。
がつがつ書きます。