複雑・ファジー小説

Re: 赤が世界を染める、その時は。 ( No.198 )
日時: 2012/10/22 18:20
名前: 揶揄菟唖 ◆bTJCy2BVLc (ID: w1J4g9Hd)



32・血のような赤。


名前を呼んだ。私がずっとロムの指先を見ていて思ったのはそれだけだった。
一瞬にしてヒダリの姿は消えて、私の目も前まで迫って来ていた。

早い。というか、私か。狙いは私なのか。そんな事を考えるだけの余裕はなかったはずなのに、私の頭はかなり呑気だった。
ばっと目の前につきだされたのは、細い刀。私の近くにいたジャルドが、ヒダリの真っ黒なコートに包まれた腕を狙ったのだ。
その腕から延びる手には、短い刃物が握られていた。
ヒダリはだが、怯まない。少し軌道を変えたのか、ジャルドの刀はコートを引き裂いた。

私も、動かなくては。このままではいけない。
私は身を引かないで、あえてヒダリの懐に飛び込んだ。そこで、ヒダリの少しぎょっとしたような、乾き始めた血のような濃い赤い目が見えた。
私の行動が意外だったのか、ヒダリの足元が崩れそうだ。私は踏ん張って、ヒダリの胸板を方で押す。ジャルドが刀を引いて、私が居るのにヒダリを切ろうとするから仕方なく身をかがめて、横に転がる。
不格好なのは仕方ない。
ジャルドの攻撃をヒダリがぎりぎりでかわす。ところどころ破かれていくコートにヒダリは気を配っていない。

私は咄嗟に、カンコのもとへと走った。
びっくりした。ヒダリが迫ってきた時、心臓が吹っ飛んだかのような感覚だった。だから逆に、頭が冴えていたのだろう。
私に来るとは思ってもみなかった。心臓がバクバク言っている。
私はジャルドに心配そうな視線を向けるカンコを、そっと抱きしめた。
二人なら、大丈夫、そう思ったのだ。
ジャルドの援護にライアーが回る。二人は、強い。流石にヒダリは辛そうにしている。でも、その体はまるで何も入っていないかのように軽く、二人を惑わすように風を切る。
私には、何かできることは無いだろうか。

無い。私が行っても、二人の邪魔になるだけだ。私はなるべく三人から離れようと、背中が柵につくまで後ろに下がった。
カンコは、私と同じように行動してくれる。
これで、邪魔にはならないだろう。

風が、強い。体が、倒されそうだ。

「汝yo我nokoeni答eyo」

何かを、呼ぶような声だった。誰かを、呼ぶような声だった。
それは不思議な事に、離れているはずなのによく聞こえた。すぐ耳元で、囁かれているかのような。

私は声の方に向いた。

「我汝no熱wo欲surumono我no息吹ni罪no業火wo」

カンコの口が歪む、何か叫ぼうとしている。
私は、ただその声に耳を傾けていた。

「『炎魔』————岩花火」

ジャルドの脚の付け根に、ヒダリのナイフが刺さっている。
ライアーが、ヒダリに腹を蹴られている。
私たちの後ろで、何かが爆ぜる音がした。
足元が熱い。何かが、爆発したんだ。
私たちを見て、ロムが笑っている。
ロムの手の中で、何かの液体が垂れていた。魔術を発動させるために必要だったのだろう。

私は、振り返ろうとした。何が起こったのか、確認しようと。

私たちの体を、風が煽る。

「……は、っ」

息を吐いた。呑むべきところなのに。

足の下に、感触がない。体が軽い。空が見える。私たちの背後にあった柵は、何かによって破壊されていた。
手を伸ばす。届くはずないのに。届くかもしれない、なんて。有り得ない。でも、希望が欲しかった。ダメだ。ごめん、カンコ。私のせいだ。
私が手を伸ばした先に、ライアーが現れた。
ダメだよ、駄目。ライアーまで落ちちゃう。
私は、笑って見せた。怖い、怖いよ。落ちていくよ。視界がぼやけていく。涙の粒が、空に舞う。ライアーの声が、聞こえる。
私を呼ぶ、声が。

「雪羽っっ!!」

ライアーが、手を伸ばしてくれている。

行かなくちゃ、手を取ってあげなくちゃ。
私は、大丈夫だって。


〜つづく〜


三十二話目です。
連載前から決まっていたシーンです。どうしても書きたかったシーンなのです。掛けてうれしいです。