複雑・ファジー小説
- Re: 赤が世界を染める、その時は。 ( No.20 )
- 日時: 2012/05/10 20:56
- 名前: 揶揄菟唖 (ID: yZ7ICI8F)
- 参照: http://www.kaki-kaki.com/bbs_test/view.html?526461
12・赤、都会を見る。1
あたしは正直考えすぎたと思う。
あたしは頭が悪いわけではない。
でも久しぶりに自分のことで悩んでしまったんだ。
ただあのバカ上司が送ってくる仕事をしていればよかったから、自分のことを考える機会がなかった。
あたしらしく、ない。
裏路地から少し外れたさっきの公衆電話があった通りより、少し広めの道の脇にたつホテルの入口をくぐる。
派手だとかもてなしが丁寧だとか、そういう利点はないが狭くなく、料金が高くない。
あたしはホテルにこだわるほうじゃないので、ここで充分だった。
フロントから鍵を貰い、自分の部屋に戻るべくエレベーターに乗り込む。
四階のボタンを乱暴に押して、ドアが閉まるのを確認してから、鏡になっている壁に背中を預けた。
こめかみを押さえて息を吐き出す。
あたしは動けば良いだけなんだ。
自分のことを考えることほど無駄なことはない。
あと少しでハラダ・ファン・ゴの本社に乗り込むんだ。
乗り込んでいつもより人を多めにヤって、本物の武器を持ち帰る。
ただそれだけでいいんだ。
そりゃああのハラダ・ファン・ゴだ。
腕の経つ剣士は五万といるだろう。
それが楽しいんだ。
違うか。
そうだ。
余計なことを考えるな。
あと少し、あと12時間で。
+ + + +
さほど広くない部屋の真ん中にあるソファにふかぶかと座り、金の装飾が施されたガラステーブルの上にあったワインを上品に煽る。
決して偉そうではない。
むしろ目を奪うほどの様で、貴族かと間違えそうになる。
そんな俺は俺じゃない。
俺らしくない。
「そう思わないか?」
突然振った俺の問いにソファの横に立つ彼女は間髪いれずに答える。
「思う」
そうだ。
その答えを待っていたんだ。
俺がどんなことを考えていたかなんてコイツには分からない。
だがそれでも答えを返す。
俺の問いに問いで返すようなバカを、俺は俺の隣に置くわけがないだろう?
なんてそんなことお前さんも知らないだろうがな。
さて、お前さんとは誰だろうな。
俺は俺の考えていることがおかしくて口角を上げて小さく声を出して笑った。
俺は廊下のほうが好きだ。
なんてったってこんなかっこつけなくてすむからな。
こんなせまっ苦しい箱に閉じこもって背筋をしゃんとさせてシャツをズボンにきっちり納めて袖のボタンもしっかりと留め不味い酒をあたかも酒のスペシャリストのような顔で味合うなんてマネを俺は嫌なのにこなしている。
こんなこと思っているなんて誰にも教えられねぇよなぁ。
だって俺はかっこいい紳士なんだから。
俺の今回の仕事は用心棒だ。
用心棒なのになんでこんなに待遇がいいと言うと俺がかっこいい紳士だからだ。
なんでも泥棒が来るらしい。
らしいじゃなくて俺はその泥棒が目当てなんだがな。
カンコと一緒にこなせる仕事は滅多にない。
俺はカンコが一緒じゃないとやる気が出ない。
なんというか落ち着かない。なんでかは俺自身分かってないんだけど。
だからカンコがいるとできない仕事なんて俺はやらない。
自分で言うのもなんだが俺は結構腕がたつ。
だから雇いたいって奴も結構いるんだけどそういう奴らに限ってカンコがダメだという。
何がダメなんだ。
女で何が悪い。子供で何が悪い。
お前等が思っているより全然いい女だぞ。
「なぁ、カンコ?」
「そうだね、ジャルド」
ドアを見つめたまま答える姿はどうにもこうにも欲をそそるじゃねぇか。
「ジャルド、誰か来る」
カンコがいった直後、ドアがノックされた。
「どうぞ」
俺が気品に満ち溢れた声で迎える。
あぁ、吐き気がするね。
ドアが開き、入ってきたやつを見て俺は眉を歪めてしまった。
舌打ちも出そうになった。
落ち着け。
俺はかっこいい紳士なのだから。
「あなたには俺の世話をしないで欲しいと言ったのですが」
たしかに、言った。
こいつもいる場で、言った。
なのにこいつは俺の部屋に入ってきている。
できれば顔も見たくなかった。
「申し訳ありません」
そいつが頭を下げる事なく謝り、カンコをその冷たい目でちらりと見る。
やめろよ。
カンコが怯えてんじゃねぇか。
ほら、証拠に手が震えてる。
尋常じゃねぇ怯え方だ。
やはりこいつは、マズイ。
あまり近くにいないほうが良い。
そいつと初めて会ったのはこの会社のロビーだった。
雇い主がこいつをおふたりの世話係に、といった時だ。
目が合った。
今思えば本当に目があったのか分からない。
とにかく不気味でコイツはよくないと思った。
カンコにも、俺にも。
ヘタしたら人間全員に。
人工的に作ったかのような茶髪。左目は濃い青だが右目は色素の少ない凄く薄い青。右耳には金属の太い円盤のような物がついてあってその上にそれより一回り小さい物がくっついている。そのつなぎ目からは赤、黄色、青、緑の導線が飛び出していて円盤の中心から伸びていてそいつの腕の間接辺りまで来ているのはプラグ。左頬の剥き出しになっている金属の板。
お前は本当に人間なのか、と怒鳴り散らしたいところだが俺は紳士だからそんなことはしない。
一番気持ち悪いのは右目だ。
薄い青の目の中に線が引いてあってそれが中心でクロスしている。
十字架、というにはかなり拙い。
その線には目盛りがついているようだ。
「……はやく用件を伝えて出て行ってくれないですか。あ、酒は要らないですよ」
お前が来たせいで酒を飲む気が失せた。
その言葉を伝えたくてできるだけ睨んだが、そんなのはお構いなしのようで、グラスに少し目線を向けただけでそいつは口を開く。
「あと、12時間です」
それだけを告げるとそいつはドアを後ろ手に開けて一礼をして部屋を出て行った。
なんだそれだけのことか。
そいつが消えると緊張というかイライラが消えた。
まずいワインをグラスに注ぎなおして一口含んでゆっくりと舌の上で味わう。
そうか。
あと、12時間。
あと12時間でアイツが。
さっきとはうって変わったウキウキした気分でワインを飲み込んだ。
〜つづく〜