複雑・ファジー小説

Re: 赤が世界を染める、その時は。 ( No.201 )
日時: 2012/10/25 20:25
名前: 揶揄菟唖 ◆bTJCy2BVLc (ID: w1J4g9Hd)


34・躾のような怒り。


自分の心臓の音で、目を覚ました。
自分の体にはいたるところに線が刺さってあって、包帯でぐるぐるでもあった。上半身が裸だけど、とりあえずは布団がかぶせてあった。白い天井を見上げて、心を落ち着かせる。
側の椅子に座って、のんきにコーヒーカップを傾けていた、白衣の男が私の方を見ている。
彼はくすんだ白髪に色とりどりのヘアピンをつけていて、とにかく頭が派手だ。でも、彼の顔はいたって普通で、良くも悪くも無い。ただ、目が普通の男よりも大きく、子供のようにくりっとしている。
彼の緑色の目の中に、ベッドの中で横たわる私が映っている。

「どっか調子悪いところとかあります?」

彼は手にコーヒーカップを持った状態で私に問いかける。私は自分の体をとりあえずぐるりと見て、首を軽く振る。
あーあ、首も痛いや。
見慣れたそいつは、もう一度カップを傾けると、それをあろうことか床に置く。そういうところは雑なこの男は、とりあえず科学者だ。科学者なくせに医学をかじっていて、医療の魔術も少しは使えるらしい。私は今回コイツのそれに御世話になったようだ。

飛行船から落下して、この程度の怪我で済んだとは。

「湖だったんだって、運よく」

この男は私の髪を撫でた。
ヘアゴムと髪留めはついていないらしい。頭を引っ張られる感覚がないから。
それにしても、体が重い。何もする気にもならない。
でも、私はとりあえずまた眠る前に、しなければならないことがあった。

「レジル、ヒダリを呼んできて」

私の要望に、レジルはヘアピンを一本髪から抜いて、気まずそうな顔をした。でも、頷いて部屋を出て言ってくれた。
あの様子だと、彼は私よりは酷くなかったのだろう。
私はちなみに、落下する途中で気を失った。情けない。

しばらくして、部屋のドアが開く。
いつものコートを脱いだ、軽装のヒダリがベッドに寄ってくる。
私は体を起こした。
私よりも包帯は目立っていない。コイツは頑丈だから。

私は右手を引いて、私の行動にただただぼうっとして居るヒダリの頬を、勢いよく掌で打った。
乾いた音が響いて、やがて消える。
私に平手打ちされた状態で、ヒダリは静止している。濃い紫の髪が乱れて、瞳は見えない。

「なんで私を追いかけたの? そんな指示した覚えはないけど」

この馬鹿は、私の指示通りに動かなかった。私の指示を無視して、勝手に私を追いかけて飛行船から落ちた。
私たちは、ライアーを雷暝様のところまで連れて行かなければならないという、大切な用事があったのに。私に構わず、ヒダリは一人でも果たさなければならないことがあったのに。
それを、コイツは無視をした。
それは、私のミスでもある。

「貴方は、私の指示に従っていれば良いって、言ったよね? もしかしてそれすら理解してないの? 貴方には考える能力がないんだから、私の指示がなければ役立たずなの。ねぇ、聞いてる?」

私に酷い言葉を浴びせられても、彼は全く言い返さない。不満そうな態度を取らない。ただ、私の最後の質問には答えようとしたのか、顔をもとに戻して私の方をまっすぐに見つめた。
聞いてはいるらしい。

「全く、呆れた。貴方にはがっかりよ、ヒダリ」

ヒダリはずっと、私を見ていた。
ヒダリの瞳は一度も、動かなかった。


〜つづく〜


三十四話目です。
次は200話目指しましょうか。