複雑・ファジー小説
- Re: 赤が世界を染める、その時は。 ( No.202 )
- 日時: 2012/10/25 19:57
- 名前: 揶揄菟唖 ◆bTJCy2BVLc (ID: w1J4g9Hd)
35・嫉妬のような呆れ。
「酷いこと言ったんでしょ、ヒダリ、泣いてたよ」
お腹なんて空いてないのに、パンをスープに浸した食べ物を持ってきたのは、長い藍色の髪をゴムで適当に結ているソウガだった。
綺麗な髪なんだから、もっと丁寧に扱えば良いのに。
その藍色の髪の間から見える右耳には、赤いピアスが付いている。ちなみに、左耳にはついていない。穴すらない。
「泣くわけないじゃん」
私は、アイツのことをよく知っている。
私とは性別は違うけど、性別が変える違いなんてわずかだ。私は、ヒダリの心は理解できない。でも、理解はできなくても知ってはいるから。だから、分かる。
奴は泣かない。笑いもしない。表情を見せない。声を出さない。極力口を開かない。奴はそういう男だ。
ソウガがパンをスプーンですくい上げて、口に近づけてくる。ちゃっかりとレジルが座っていた椅子に座っていた。
「いいや、泣いてたさ。俺には分かる」
ソウガの言い方は決して癇に障らない。
私はパンは食べずにスプーンにあるわずかなスープを啜った。
温かい。
もう季節は冬だ。雪が降っている地域もあるだろう。
私はそうしてから、ソウガの手の中から器を取り上げた。最初から最後までこんな恥ずかしい食べ方はしたくないから。
「ふーん。ヒダリがそんな感情抱くかどうかなんて、まだ分かってないのに?」
奴の感情は、まだ生きているのかどうか。それがまだ解明されていなのだ。奴は声を出さないから、どんな事を思っているのか分からない。つまり、そもそも嬉しいだの悔しいだの思うのかどうかが謎。
正直私は驚いた。私を追って飛行船から飛び降りてくるヒダリを見て、心底。
彼がまさか、私を助けようとするなんて。それと同時に、失望した。私を考えないで欲しかった。
私たちは、失敗してはいけないのだから。ヒダリは私の指示にバカみたいに動いていれば良かったのに。
なのに、まさかあんな真似をするとは。
まるで私が大切みたいな感じで。そんなことはありえない。
こんなに厳しく当たってきた。私はヒダリを褒めた事は無い。
彼は何時だって私の思い通りだった。そう、雷暝様にとっての私たちみたいに。それが逆に、私は不愉快で仕方がなかった。酷く当たる理由は、試していたということもある。私についてこられるかどうか、それを見ていたということもある。でもそんなのはただの言い訳だった。都合のいい、言い訳。
私は怖い。死ぬことが。
雷暝様に、ゴミのように殺される。そんな連中をもう何人も見てきた。あんなものには、なりたくない。
ソウガはレジルが残して行ったコーヒーカップの中の液体を一口飲んだ。
「にがっー、アイツよくこんなの飲めるよなぁ。アイツの顔は好きなんだけど、こういうとこは俺とは合わないや」
女である私の話なんてもう、ソウガは聞いてなかった。
面倒見はいいけど、男好きなのが欠点であった。
私はパンを一口噛んだ。
熱かった。
熱すぎて、舌が痛かった。
〜つづく〜
三十五話目です。
ほもぉ……。