複雑・ファジー小説

Re: 赤が世界を染める、その時は。 ( No.204 )
日時: 2012/10/27 20:30
名前: 揶揄菟唖 ◆bTJCy2BVLc (ID: w1J4g9Hd)


37・恩人のような因縁。


女は気絶した。飛行船が見えなくなってからすぐに。
私は、それでもがっしりと私を抱きしめている腕から逃れるように身をよじった。風がこちら側に吹いてきてかなり目が痛い。しかし、目を開かなくてはいけない。
私は雲の隙間から見える大地を見据える。親指を噛んで、爪を剥がす。血の粒が、飛び散って、空に浮かんで行く。
すごいな、重力に反して居る。
私はカサカサに乾いた口を開く。
私は死ぬわけにはいかない。まだ死にたくない。こんなところで。私はまだ、自由になってない。ジャルドの死ぬ様を見たい。私が死んでいく姿をジャルドに見てほしい。私の願いはまだまだ叶っていない。
だから、死ねない。

「了————崇————朝————命————」

ゆっくりと噛むように。私は自分の血で空中に魔方陣を描く。それらは赤い光を発しながら空に浮かぶ。
私は、普通の魔術は使えない。こうした形の魔術しか、発動できないのだ。
しかし、こうした魔術を使える者は少ない。私の因縁の男、春海によって改造された魔術。
その魔術に必要なのは、液体や粉末じゃない。私自身の体だ。私の体がないと、私はこの春海が作った魔術を発動することが出来ない。春海は、私を作った。この魔術を使うためだけに。春海に頼っているようで癪に触るけど、仕方ない。
こうしないと土と脳みそが合体してしまう。

「死海鏡板」

片手をした向けて、ぐるりと魔方陣をたどるように円を描く。すると、そこの部分だけが広がって、私たちの体を包んだ。
これで、大丈夫だろう。下に落ちるスピードも、落ちたと思う。
私がこれで、ぶつかる瞬間まで、気を緩まなければ。
私は近付いてくる地面をきっと睨みつけた。


 + + + +


落ちてくる二人の女の子は、何かの膜に包まれていて、やけに落ちるスピードが遅い。
おれはそれが落ちて来るだろう場所に走った。そして、両手を広げる。
二人も抱き留める事ができるだろうか。でも、やるしか無い。
片方の小さな女の子は、おれを見てぎょっとしていた。そして、何か言ってるようだけど気にしない。きっと、助けを求めているのだろう。大丈夫。おれは平気だ。腕が折れようが仕方ない。
それで二人も助かるなら。

「燕! 何してる!?」

親方が怒っている。でも、やるしか無いでしょ。
おれは落ちてくるものに向って、飛んだ。足には自信があるって。ごくりと唾を飲む。
小さな女の子は、目を閉じた。それと同時に、膜が消える。
おれは広げていた両手で、二人を包み込むように抱きしめる。
おっし、オッケー。
で、着地はどうしよう。二人を抱きしめたことで、バランスが崩れた。足が地面に向いていない。
背骨が折れる覚悟で、息を止める。でも、衝撃は来なかった。
おれたちの体は、親方の力強い両腕に包まれていた。
どうやら、少女二人は気絶しているようだ。

「親方、ごめん」

無茶しました。


〜つづく〜


三十七話目です。
長いですね。