複雑・ファジー小説

Re: 赤が世界を染める、その時は。 ( No.210 )
日時: 2012/11/02 17:34
名前: 揶揄菟唖 ◆bTJCy2BVLc (ID: w1J4g9Hd)



43・野次馬のような過保護。


目が痛い。どこもかしこも痛い。骨の中が無くなったかのように、体に力が入らない。疲れているのだと、思う。疲れているだろう。無茶してきた奴らのせいで、たくさん魔術を発動させたから。疲れるんだよ。集中してなきゃいけないから。
ロムには直接は言わなかったけど、ヒダリの怪我はロムのそれよりはるかに酷くて、治療も大変だった。
気を失っていたロムを抱えてヒダリは帰ってきた。自分の方がすごい怪我で、動けないはずの癖に、俺がロムの治療を終わらせるまで、ヒダリを治そうとする俺の手をヒダリは拒み続けていた。
仕方が無いから、ロムを手早く治療してヒダリに取り掛かった。
俺でいいのか。そんなことが頭の中をぐるぐるして、あんまし集中できなくて。
俺は本当は魔術なんか使えない。こんな重症の人間を治療できるだけの力もない。資格もない。それなのに。
もっと上手い人を連れてくるべきだろ。俺はそう思うのに、雷暝様はそんな事はしない。俺たちだけで十分だって。
ヒダリがボロボロになって帰って来ているのを見て、雷暝様はすごく切なそうな顔をした。そして、一度だけヒダリの紫の髪を撫でて、その場を去った。
なんで、あんな顔をするんだろう。俺たちは雷暝様の道具であって、仲間じゃない。部下でもない。
雷暝様は、道具が傷ついた程度で、あんな顔をするのか。

『情けねぇよなぁ』

違うだろ。そうじゃないんだよ。情けないわけじゃない。雷暝様は、優しいんだ。俺たちのことを、愛してくれているんだ。道具として。玩具として。それなら、問題ない。それでも、問題ない。もう慣れたから。そんなことは知っているから。俺たちは、幸せ者なんだよ。雷暝様に愛されるなんて。
それは、負けていないから。負ければ、俺たちの運命は決まる。それだけで決まる。負けた瞬間、泣いても騒いでも、雷暝様に殺される。負ける奴のなんかに、雷暝様は愛を注がない。
ヒダリはすごいから。感情がないかのように、ただロムの指示に従って命を狩る。
黒いフードをなびかせて、冷たい赤い目で相手を狩る。それはもはや芸術であった。美しいんだ。あれほど人の最後を美しく飾ることができる人間が、他に居るのか。きっといないから。
俺はだから、ヒダリには死んで欲しくない。ヒダリはきっと、ロムが止めない限り、人を殺すのをやめない。
それはきっと間違っているのだろうけど、でも、止めたら、負ける。負けたら、死ぬ。死んでしまう。
殺さないということは、死ぬこと。殺すとは、生きること。

『違う違う。負けるのが死ぬの。勝つのが生きるの』

そうだろうか。死ぬと生きる。殺すと殺さない。勝つと負ける。これは全部、つながっているわけじゃないのだろうか。関係を持っていないのだろうか。それはきっと違うよな。そう信じようとしているだけだ。それは逃げているのと一緒。
恥ずかしいことで。

『良いだろ、別に。考えるときくらい逃げていても。殺されるわけじゃない』

久しぶりにマシなことを言う。そうだね。考え事くらい、ネガティブでも良いでしょ。負けていても良いでしょ。それくらいはしないと、本当に、自分を見失ってしまいそうだから。

廊下の奥に進む。
寒いな。ここに日はあまり当たらない。じめじめしていて、暗い。そのせいか、他の場所よりも寒い気がする。
壁と同じ色の扉に手をかけて、開ける。鍵なんてかかっていない。
雷暝様はそれを必要じゃ無いと考えた。雷暝様はだいぶ、この少年を舐めているようだ。
部屋に一切の光は無い。ここの扉を開く事でやっと、微かな光が部屋に入る。
その光を感じ取ったのか、部屋の中心で蹲っている少年が、体を捻った。誰が入って来たのかを確認するらしい。
少年の手足は、縛られている。
縛っている布は、俺が作ったもので、普通の布とは違って頑丈だ。引きちぎるのも、噛み切るのも難しいだろう。それでも、その布を口に宛がうことをしなかったのは、これまた雷暝様がこの少年を舐めているからだ。

「……誰だ」

疲れているのか、それとも喉が乾いて居るのか、少年は掠れた声を出した。そしてすぐに咳き込む。ほこりでも気管に入ったのかな。
俺は返事をせずに、部屋の中に進む。
部屋の隅にあった死体は、いつの間にか扉の近くまで来ていて、なぜだか頭が凹んでいる。蹴られたかのような傷。
きっとソウガだ。真っ先にこの少年に会ってちょっかいを出したのは、確かソウガだったから。雷暝様が居ないうちを狙っていた。
本当に、男には手段を選ばないのだから。

「何の用だ」

今度ははっきりと、俺を否定する声になった。
俺は少年の近くに、腰を下ろす。
そういえば、ロムの寝ている部屋にコーヒーカップを置いてきてしまった。あれがあると、眠気が飛んでいい具合に研究がはかどる。疲れがとれていないのももしかして、コーヒーを飲んでいないからだろうか。
まさかそんなことは無いと信じたい。あの飲み物が人の疲れを紛らわせるものだなんて考えたくない。麻薬みたいなものじゃないか。

少年の瞳は、きれいな緑だった。俺の瞳も緑だけど、俺の目は何だか明るすぎる。黄色が混じっているのか黄緑色にも見える。だから好きじゃない。
こんな緑なら、好きになっていただろうに。

「ただ、顔が見たかったんだ。ごめんね」


〜つづく〜


四十三話目です。
長くなった。