複雑・ファジー小説
- Re: 赤が世界を染める、その時は。 ( No.215 )
- 日時: 2012/11/09 21:52
- 名前: 揶揄菟唖 ◆bTJCy2BVLc (ID: w1J4g9Hd)
48・死にぞこないのようなワシ。
酷い匂いだった。まるで、もう二度と開かないであろう瞳さえ、覚ましてしまうほどの匂い。今まで嗅いだ事の無い匂いで、例えるものも見つからない。
乾きかけの、赤黒い血液。饐えた肉。二年くらい風呂に入っていない体。
その匂いをすべて足したかのような臭いだ。とにかく、臭い。
気持ちが悪くて、急いで体を起こす。
筋肉がぱりぱりと言って、骨までが軋み、立ちづらい。ずっと寝ていた後のように体が重い。頭は冴えない。だが、臭いのおかげか、割と速いスピードで頭は回転を始める。
ワシは、なんでこんな状況に居るんだ。
自分は一切の衣類を纏っていいない。だけど、そんなことはすぐにどうでもよくなった。
臭いの根源であろうそれは、乾きかけの赤い血液のようなものだった。辺り一面に広がり、白い床を汚している。
その赤黒い物は、ワシの体も覆うようになっている。道理で、すぐ近くからも臭いを感じるわけだ。
血だと、思う。でも、ただの血なわけじゃない。
こんなにキツイ匂いを発するなんて。
ワシは、その赤黒い血のようなものに包まれている物体に、近づいた。
シルエットからして、人だったから。
自分が服を着ていないとか、頭がちょっと痛いだとか、お腹の辺りがスカスカするだとか、そんなのは全て差し引いて、助けなきゃと思ったのだ。
助けないと。もしかしたらこれは血かもしれないし。だったら、怪我をしているのかも。それも、大怪我なのかもしれないし。
ワシは白くて冷たい床を裸足でけり、赤黒い液体が足に跳ねるのも気にせず、そいつに駆け寄った。
肩を掴み、揺さぶるようにして、声を張る。
「おいっ!! いけるか!? どないかしたのか!?」
本当はもっと、優しく声を掛けるべきなのだろう。でも、生憎そんなことを考えていられるほどワシは今冷静じゃない。
ワシの声に驚いたのか、薄い肩が震えて、顔であろう所が動く。その顔は、赤黒い液体とは全く違った、白い肌をしていた。
異様なその肌の色に、思わず肩を離しそうになる。でも、しない。このまま離してしまったら、なんだか嫌だったから。
コイツだけじゃなくて、ワシも壊れてしまうような、そんな感じがして。
「……目を覚ましたか」
白い唇が開くと、ぬるりとした赤黒い液体が、口の中に滑り込んでいく。それに構う様子もない白い人は、ワシの手から逃げるかのように立ち上がった。
背は、結構高い。ヒールで高く見えているのだろうか。
ワシより高い位置に目が来た。
そいつは、胸の膨らみから言って、女。
そして、白い。赤黒い液体に包まれていようが、そいつは凛としていて、そして気高い雰囲気をしていた。
まるで、女王様のような。
「ワシ……どないか、したのか」
なんだか、何か忘れているかのように、胸が軽い。そして、寒い。何か、忘れている。ワシは何か、大事な事を。
ワシは白い女を見上げた。
この圧倒的な白を見ていると、何か思い出しそうだ。
そう、圧倒的な、一色を纏う者。
そうだ、そうだ。
「……ゆき、は、ちゃん。ライアー……」
白い女が唇を噛む。
そして、白い目で、再びワシを見下すように見る。
ワシは、ワシは。そうだ。脳裏に、赤が映る。黒も映る。
そして、赤を思い出すと、同時に。
そう、赤は。赤は。あの日、赤が空を舞った。地面を汚した。雪羽の赤も、ワシの。
ワシの、赤も。
「凪、だったか。お前は、一度、死んだ」
知ってる。知ってる。知ってる。知ってる。知ってるんだよ。ワシは、死んだ。死んだはずなんだ。腹に触手で穴を開けられて、死んだ。死んだんだ。ワシは死んだはずで。だから、もう、目を開かないはずで。肺を動かさないはずで。血を流さないはずで。でも、なんで、なんでワシは今、生きているの。なんで、なんで。ワシは、なんで。
「っ、雪羽ちゃんは? ライアーは?」
コイツが知っているかどうかなんて、知らない。もしかしたら知らないかもしれない。でも、聞いた。聞かないではいられなかった。コイツなら知っていると思ったのだ。
自分のことはどうでも良いんだ。ただ、アイツは、どうなったんだ。ワシがここに居るということはきっとアイツ等は、世界を捻じ曲げた。死んだのを、取り消したんだ。それを望んだ。生きる上で、当然である行為を、取り消した。
そういうことをするなら、一体どんな代償を払ったんだ。まさか、死んでないよな。ワシのために、何かを失っていないよな。まさか。まさか、そんなことは無いよな。
だってアイツ等は、生きるから。生きたいっていう目をしているから。目に光があるから。
いつか見た男は、死んだような目をしていた。そいつの目とは違って、生きたいと言う目をしていたから。だから、そんなはずはない。
でも、なんでそう確信しているはずなのに、ワシは白い女に確認をしているのだろう。
そう。ワシは、証拠が欲しいんだ。生きて、生きて、生きて。ワシのために何かを捨てていないアイツらが居るっていう証拠は、ワシは欲しいんだ。
自分では得られない、証拠が。
「……安心しろ。ちゃんと……前を向いている」
〜つづく〜
四十八話目です。
最近かけてなかったですね。