複雑・ファジー小説
- Re: 赤が世界を染める、その時は。 ( No.216 )
- 日時: 2012/11/10 09:59
- 名前: 揶揄菟唖 ◆bTJCy2BVLc (ID: w1J4g9Hd)
49・神のような遊び。
何が怖かったのだろう。
俺は、何が恐かったのだろうか。俺は何かが恐くて、何から逃げたくて。何かが恐かったはずだ。何かが恐ろしかったはずなんだ。
それで、それから逃れたくて仕方が無くて、俺はクオに頼ったはずなんだ。でも、いつの間にか。それが怖くなくなって居た。恐怖心と痛みは消えていた。
クオには言えない。クオは、俺がもう恐れていたものがなくなったって言えばきっといなくなってしまう。クオは、俺を助けるために、俺を救うために、一緒に居てくれているのだから。だから、俺がもう何も怖くないと言えば、クオは俺の前から姿を消す。それは嫌なんだ。それは嫌で仕方が無い。
あ、ああ、そうか。これだ。俺が怖いのは、クオが居なくなる事だ。何かが怖くて、それから逃げるためにクオに頼ったのだ。それなのに、いつの間にかそれは消えて、クオが俺の怖いものになった。世界で唯一の恐怖を生み出すもの。だから、いなくならないで欲しい。クオは、クオだけは、俺の前から消えないで欲しい。それが怖いから。俺はそれに恐怖を感じるから。
人が一番怖いのは、死ぬ時だ。それは知っている。でも違う。そんなのは俺は怖くない。俺が一番怖いのは、やっぱり、クオが居なくなること。それで、一人で死ぬこと。クオが居なくなって、一人で。
想像しただけで、涙が出そうになってくる。
「そうだ、ユコト。いい報告だよ」
最近はいい報告は無かった。悪い事とか、面倒なこととか。そんなような事ばかりで、クオの顔も晴れてなかったし、気温も下がって来たから、寒そうにして居る。
俺は布団を持ってこようと部屋を出ようとしたところだった。
クオは一枚の写真を指で曲げながら、柔らかい頬に手を添えていた。
クオの仕事は、世界のハンターたちの均衡を保つこと。
ハンターたちが減りすぎないように、増えすぎないように。
弱くなりすぎないように、強くなりすぎないように。
そんな神のような仕事を、クオはしている。
しかも、誰かに頼まれた訳でもなく、単なる趣味として。ただの暇つぶしに、やっているだけだ。
なんせ、クオには時間がある。長い、長い時間が。目を覚ましているうちにやりたいことがあるのだと、クオは笑っていた。
それは、なんだか俺は好きじゃない。俺が居ればいいだろ。俺は、クオを退屈させたくない。
だから、それでいいでしょ。俺がいればいいんだよ、クオには。クオしか俺には要らないように。
でも、クオに俺は要らない。クオは、強いから。俺みたいに弱くないから。
俺は結局、クオに縋っているだけだ。クオの脚にしがみついているだけなんだ。
「アームスだよ、アームス。あの、筋肉頭」
俺は開きかけの扉を閉めて、クオの方に寄る。
その写真には、いつかのハーフの餓鬼の頭を撫でるアームスの姿があった。
まるで、親子のような姿だ。こんな柔らかい表情を、あの男ができるとは思わなかった。
クオはその写真を丸めて、ゴミ箱に捨てる。珍しく、少し不機嫌そうだった。
写真はゴミ箱に綺麗に入った。
俺はゴミを見届けてから、クオに視線を戻す。
頬を膨らませたクオは、自分の指でそれを壊した。
「ずいぶん仲良くなっちゃってさ。まあ、僕にはあんまり関係ないけどね。ちょっと、つまんないかなぁ」
そうか、思い通りにならないと怒って、それで、思い通りにならなくても怒る。
クオは良く分からない。でも、クオに逆らうことはできない。だから、クオの好きなようにやらせてやる。
どうせ、クオのための世界なんだ。
クオのための俺の人生なんだ。
〜つづく〜
四十九話目です。