複雑・ファジー小説
- Re: 赤が世界を染める、その時は。 ( No.279 )
- 日時: 2013/01/11 22:02
- 名前: 揶揄菟唖 ◆bTJCy2BVLc (ID: KRYGERxe)
26・To something that fills the crevice between the hearts.
「アスラ」
雷暝様はそうつぶやいたきり何も言わなくなってしまった。
情けなく痛む左肩をレジルにできる限りだけ回復してもらいながら、私は雷暝様の綺麗な顔を見ていた。
奥深くまで染みわたる冷たさを隠している生暖かく、そして鋭いもの。それを隠しきることもせずに出しているその顔と雰囲気は、常人ならまず関わりたくないと思う類のそれである。
だが私はそんな顔が好きだった。
嘘だらけの世界の中で、雷暝様は正直に汚い。そんな雷暝様を、私は確かに愛しているはずだ。私はきっとそうだ。
レジルやソウガが自分のためにここに居ないということも知っている。
私はだけど、雷暝様を見ていると切なくて仕方がない。本当に一人きりなのは雷暝様なんじゃ無いだろうか。もしかしたらそうなのかもしれない。
たった一人きりで、世界を変えようとして居るのかもしれない。
少しでも。少しでも、雷暝様が必死で見ようとして居ない孤独を癒すことができたのなら。
そうしたのなら、きっとみんなでもっと幸せな物が見られるんじゃ無いだろうか。
私がこう思うのは贅沢だとは知っている。でも考えずにはいられない。
雷暝様も、ガーディアンも、ソウガも、レジルも、ヒダリも。みんなみんな、一人でしかない。泣きたいくらいに一人だ。
私はその現実から目を逸らしたりはしたくない。
私たちは結局、そばに居ても、一人なんだ。
「聞いたことないな……いや、どうだったか……」
珍しく悩んでいるような雷暝様を見ベッドの中から見上げている私の肩にレジルが包帯を巻いていく。
レジルはもともと何もできない人だった。
ただの凡人。
ヒダリのように速い訳でもなく、ガーディアンのように純粋なわけでもなく、ソウガのように変態でもない。
レジルはただの凡人であるはずだった。しかし、彼の中の『彼』を初めて見た時は驚いた。
本当に、本当に凡人なのは私だ。
私だけ弱い。ヒダリが居なければ何もできない。そんな私が今までここので生きることができているのは奇跡としか言いようがない。
「アスラ、ですか。俺も聞いたことあるかもしれませんが……」
レジルが言いながら少しだけ手を止めた。だがまた巻き始める。
彼の手際はなかなかいい。
私たちの中で回復魔術を使える人間は居ない。パルだって使えるかわかっていない。
アイツならできそうだが、パルの母親はもともと攻撃でも回復でも無く、召喚や封印魔法に長けている人だったらしい。
レジルの言葉に首をひねる雷暝様の背後で扉が開いた。ご機嫌なソウガの顔。
「二人、捕まえましたー」
〜つづく〜
二十六話目です。