複雑・ファジー小説
- Re: 赤が世界を染める、その時は。 ( No.282 )
- 日時: 2013/01/14 15:10
- 名前: 揶揄菟唖 ◆bTJCy2BVLc (ID: KRYGERxe)
29・A thing more important than a life.
「パルを助けに行く」
「もちろんよ」
俺が言うとアシュリーが力強く頷いてくれる。
俺たちは自由なんかじゃない。そんなのは知っていて、変えられる事実じゃないのかもしれない。俺たちの自由とか幸せって、本当はみんな持っているものなのかもしれない。俺たちは不幸なのかもしれない。
でも俺たちはこうして生きているから。こうして、信じることができる人が居るから。付いていきたい人が居るから。守りたい人が居るから。だから俺たちは幸せなんだよ。小さな幸せを抱いて行ける小さな手を持っているんだよ。
だから大丈夫なんだ。
ムーヴィは言葉すら出さない。
でもわかっている。みんなで行こう。みんなでパルを助けに行こう。
雷暝がどんな奴なのかわからない。アスタリスクのような読めないやつだけれど、アスタリスクと違って人間だから。
だからまだ大丈夫。
アイツに心があるのなら、俺たちに突破口はある。
ゲームとアイツは言った。どんなゲームなのか。そんなのはどうでも良い。
どんなゲームでも俺たちは勝つしかない。俺たちには勝つしか道がない。そしてパルにも勝つしか無い。
俺たちが生き残れる道は小さいのかもしれない。
でも生きるしかない。まだ心臓は止まっていない。まだ生きていける。まだ死にたくない。
俺たちは、まだ。
「……俺、死にたいって言ったんだ」
雷暝が示した場所。それがゲームの舞台だと。そこに行くために歩き出したら、ムーヴィがしっかりと前向きながら何かを話し始めた。
ムーヴィが自分の過去を話すなんて思いもしなかった。
過去。それは俺たちが自分たちの問題でも決して話そうとしなかった事。
俺たちは近いようで遠い存在だから。俺とアシュリーは黙っていた。
ムーヴィが話したいのなら、俺たちは黙って聞いていよう。俺たちの心地い沈黙はムーヴィの口を軽くする。
「母さんと父さんは俺を守ってくれた。俺のこの醜い容姿から俺を守ってくれた。でも、俺はこんな姿で生きたくなかった。だから、死にたいって言った。だから、アスタリスクは俺を迎えに来たんだ」
ムーヴィの口はつらつらと言葉をつないでいく。
それがどれだけムーヴィにとってつらい物だったのか、俺にはわからない。
俺は物心ついたころからアスタリスクに体をいじられていたから。いじられたことで自分の事を忘れたのか、それとも本当に最初から何もなかったのかわからない。
俺には何もなかった。でも今はある。こんなに大切な物がある。
だから俺は前を向いていられる。
「でも俺は今生きたい。俺はお前たちのために、死にたい」
〜つづく〜
二十九話目です。