複雑・ファジー小説

Re: 赤が世界を染める、その時は。 ( No.29 )
日時: 2012/05/10 21:27
名前: 揶揄菟唖 (ID: yZ7ICI8F)

15・赤、黒に近づく。


「……やっぱり」

私はぼそりと呟いた。

客間に元からあった、洗面台で歯を磨いているジャルドには聞こえないように、静かに。

無駄に大きい窓は、廊下に設置されている物よりも豪華で金ぴかだ。

窓から見える町には人がたくさん行きかっている。
流石、都会。

みんながみんな、ちゃんとした人生を生きているのだろう。
そんなことは私はどうでもいい。

さっきの言葉はしっかりとした意味がある。

あの謎の人物が私たちの部屋に入って『あと12時間』と言ってから8時間くらい経っただろうか。
アイツが部屋を出て行って時間が経つにつれてどんどん『疑問』は『確信』に変わっていった。

私があのとき、『誰か来る』と感じたのはアイツではなかったんだ。

その証拠に、誰かが近づいてくる感じが強まっていく。

じゃあ、誰が。

もの凄く、嫌な感じがする。

そいつが抱える憎悪、恨み、殺気、そして歪んだ愛。

それが近づいて来る。

誰だ。一体誰が。こんな感情を。

「……カンコ?」

いつの間にか後ろに立っていたジャルドが、私が見つめていた街の風景を覗き込んでいた。

「何か見えるのか?」

興味深々に街を見つめるジャルドには悪いが、私は町なんてこれっぽっちも見ていない。
いや、確かにそいつはこの町にいるだろう。
だがそいつの正体が分かるほど私は優秀ではない。
ただ、嫌な感じがするだけだ。

「……ちがう」

違うんだ、ジャルド。
私は不安なんだ、きっと。
怖いんだ。

「じゃあどうしたんだ?」

私が下を向いて、ワンピースの裾を握り締めるのを見たジャルドの口調が、少しだけ真面目になった。

こういうとこ、嫌いじゃない。
そりゃあジャルドは嫌味っぽいし、理屈っぽいし、面白い童話なんて1つも知らない。
でも一緒にいて楽しい。
落ち着く。
ジャルドは私と一緒にいてこんな気持ちになっているのだろうか。
いつも、それだけが不安で仕方ない。
いつか、私は捨てられるんじゃないかと。

「何か、来る」

溜まった不安を押しつぶすように吐いた言葉にジャルドは黙ってしまった。

そして私の側を離れて、机の上に置いてあった腕時計をとってきて、左手首に付け始める。
乾いた金属音がしばらくなり、やがて止んだ。

「そりゃあ、楽しみだねぇ」

それは何よりのはずだ。
ジャルドが楽しいならそれで良い。
それで、良い。

だからもう私は何もいわないで良いんだ。

 + + + +

大きな駅のホームを迷わないように、ライアーの背中を見つめながら歩く。
彼は当然のように自分のペースで歩いているので、私は自然と小走りになっている。

もう少し私のことを考えてほしい物だ。

「ちょ、ちょっと……」

ライアーを呼び止めようとするが、周りが騒がしくて聞こえないのか、単に無視しているだけなのかライアーは振り返るどころか、歩くペースを緩めようとなんかしてくれない。

だんだんイラついてきて立ち止まる。

駅のホームで立ち止まるなんて非常識極まりないと思うけど、か弱い田舎の女の子の話を聞かないのも充分非常識だ。

私が立ちどまったのにもライアーは気付かない。
気付くはずない。
だって私が呼びかける声にも気付かないのだから。

久しぶりに眉間に皺を寄せて、このままでは本当に迷子になるので歩き出そうとした。
と、その時だった。
ライアーの左手が後ろに回り、何かを探すようにヒラヒラと動いた。

「…………?」

何してるんだろう。

純粋に私が首を傾げた時に、ライアーが立ち止まり後ろを振り返った。

そして少し後ろでボケッと突っ立っている私と目が合った。

明らかに不機嫌そうな顔になるライアー。

私はその原因が分かる。
私が着いて来ていなかったからだろう。

ライアーは不機嫌そうな顔のまま私に近づいて来て、私の頭を乱暴に掴んだ。

「いたっ! ちょっと、何するんですか!?」

急いでライアーの手を振り払い、髪を整える。

ライアーの眉間にはまだ皺がよっている。

「……なんで着いて来てねぇんだ」

応えにくい質問に私は口ごもって俯いた。

さっきの行動はあまりにもわがままで、子供っぽい。
なんだか恥ずかしくなってきたが答えないと、もっと不機嫌になりそうだから恐る恐る口を開く。

「だって、歩くの早いんですもん」

怒鳴られる覚悟で顔を上げると、意外にもライアーはきょとんとした顔になっていた。

あーとかうーとかぼやいた後、ライアーの右手が私に伸びてきて一度髪をすいた。

正直、驚いた。
気遣いができない男だと失礼ながら思っていたから、驚きは半端じゃない。
でも振り返ってみると結構優しい面は多い。
ライアーの性格をまだ私は全て理解しきれていないようだ。

「……悪い」

長い沈黙の後、私の方をちらりとも見る事なく、放った言葉は優しい物だった。


〜つづく〜

十五話目です。
最近話がかなりすすんでいないですw
なんだか思っている物がかけなくて余計なのを加えてしまう私の癖はどうしたら直るのでしょうか。