複雑・ファジー小説

Re: 赤が世界を染める、その時は。 ( No.313 )
日時: 2013/02/23 17:46
名前: 揶揄菟唖 ◆bTJCy2BVLc (ID: JbG8aaI6)



56・In order that it may not repent.


幸せの意味を知らなかった。幸せは俺が求めてはいけないものだと思っていた。
そう、ムーヴィはいつか俺に言っていた。俺はそんなこと一度も思ったことは無かった。それで、怖くなった。
なんで、俺と同じように人の血を吸わないと生きていけなくなったムーヴィが考えることを、俺は考えていなかったのだろうか。俺はもしかして、変なんじゃないだろうか。
でもそんな不安はすぐに消えた。アシュリーが頭を撫でてくれたから。
けど。それでも怖くなった。アシュリーの手が温かい。俺と同じようにアスタリスクに体を壊されたはずのアシュリーの体温が温かすぎて。それが怖くなった。
やっぱり俺はおかしいのかもしれない。
幸せとか、温もりとか。久々に感じる。
いや、久々なのかな。分からないんだよ。俺が何でアスタリスクのところに居たのか。なんでこんな一部だけ赤い銀髪をしているのか。なんでこんな赤と青が入り混じった瞳の色をしているのか。
俺は何も知らない。ムーヴィが、パルが知っていることを知らない。俺のこと。みんなのこと。アスタリスクのこと。俺たちがこんな扱いを受けて何を失ったのか。
知らなくていいんだ。知らなくていい。だって俺にはそんなものがなくたって側に居てくれる人が居る。
いつかは離れてしまうかもしれない。だからこうやって必死でつなぎとめておくんだ。
側に居てって。俺を一人にしないで。
アスタリスクのところになんか帰りたくない。

ムーヴィ。
最初は驚いたよ。その髪と瞳。でも、そんなことはどうでも良かった。安心したんだ。不完全で美しくないお前を見て、安心した。同類だって。
パル。
助かっているよ。魔術が嫌いだって言っていた。でも、パルの魔術は好きだ。大好きだ。くじけそうになっているときとか、俺にもある。そんな時、パルを見ていると負けてらんないって思うんだ。
アシュリー。
感謝しきれない。あのままあそこで立ち止まっていたら、外の世界を知らないで死んで行って居たかもしれない。冷えた感情だけを抱えていたかもしれない。

同時に、怖いんだよ。
これだけ大切な物が合って。失うものが多くなって。俺は怖いのかもしれないんだ。
今すぐにでも立ち止まって、目を閉じて耳をふさぎたいんだ。精神をすべて壊したいくらい、怖い。
目を開けばみんなが居る。鼓膜を揺らせばみんなが笑ってくれる。

「ライアー、アスラ、ジャルド、カンコ、燕。お前たちの仲間も助ける。絶対だ。仲間のために俺たちは躊躇しない」

「……仲間、か」

複雑な顔をしたのは、アスラとジャルドだった。ライアーは照れ臭そうにしてから哀しそうな顔をして、そして燕はまっすぐな瞳で俺を見つめてくる。
カンコの表情をうかがった後に、ジャルドはやっと緊張した表情を緩める。
アスラはずっと冷たい瞳をしていた。彼の容姿は信じがたい物だ。
ムーヴィを見ていたせいで耐性が付いているのであんまり驚かなかったけれど。
機械のようなアスラを見ているとアスタリスクを思い出す。

「あぁ、負けたくない」

俺たちはいつしか円を描いてみんなの顔が見えるようになっていた。
視線が交差する中で、敵意が混ざることは無かった。


〜つづく〜


五十六話目です。
270話ですヾ(´ω`=´ω`)ノ