複雑・ファジー小説

Re: 赤が世界を染める、その時は。 ( No.349 )
日時: 2013/04/08 19:47
名前: 揶揄菟唖 ◆bTJCy2BVLc (ID: JbG8aaI6)
参照: http://295



83・It exists, even if not visible.


「あるわ」

淡白な答えだった。
敗北を恐れている。彼女に恐れるという感情はあるらしい。確かに、恐れるものがない人間を俺は見たことがない。
あくまで人間で、ヒダリが何か恐れているとは思えない。そこがヒダリの強さなのかもしれないが。

「アスラ」

彼女の唇が俺の名前を呼んだ。それと被せたつもりじゃないだろうが、氷の刃が俺に迫ってくる。
俺はそれに左腕を重ねて勢いを殺そうとしたが、彼女が踏ん張って勢いを殺しきれなかった。強靭な氷には全くダメージは無いみたいだが、俺の左腕には鋭い冷たさが走る。それに耐えて氷をわきに挟んで重心を預けながら、右足で彼女の首を狙う。だが、首を凍りで包み込んだ。強力な防御。眉間に皺が寄る。直後、刃が身を引いていく。素早く引かれたので体に線が走った。
鋭い氷はもはやただの刃よりも切れ味がいい。
脇から解放して蹴りによって崩れたバランスを修復する。

「孤独を恐怖したことはあるか」

質問には答えなかった。
そんな俺に畳み掛けてくるロムの瞳は凍りついたままだった。


 + + + +


一つ一つの動作に迷いがない。機械的に繰り返される行動は美しくもあり、そして不気味でもある。
そんなヒダリの行動は避けられるか避けられないギリギリのラインの者ばかりでまるで試されえているようだ。
少しむかつく。俺は試されることが嫌いだ。
今のつきだされるナイフだって避けられないことは無い。少しだけ存在する隙をつき彼の懐に滑り込む。
できることがおかしい。彼は早いし、迷いがない。
本当だったら隙は存在しないはずだ。理由はなんにしろ勝ちに執着するロムがそういう風に指示をするはずがない。
だからもしかして、ヒダリの行動の中にほんの少しだけでも意志が存在するのかもしれない。
だとしたら当然、勝機はある。
完全に彼の心が存在しないなら難しかったかもしれない。

俺は身長差のあることを利用して俺の上にあるヒダリの細い顎に肘を叩きこんだ。大して抵抗もしない彼の右腕を絡みとって、体をひねりながら彼の体を浮かせて地面にたたきつける。
本当だったら対処できないはずのスピードだったのだが、ヒダリは両足で勢いを殺し、素早く腕を振りほどく。
普通の人間相手ならこのまま馬乗りになってやるところだったのだが、今は違う。
腕を離して次の攻撃に備える。

「……なんか、やりづら……」

ぼそりと呟いている俺の瞳をじっと眺めている。いや本当はどこを見ているんだろうか。
でもこれだけは確か。何も考えていない。奥の女の指示を待っているんだ。

そして、跳躍。人間からかけ離れたその高さ。

この間もずっと、ヒダリは一言も話さない。うめき声さえも上げないのだ。


〜つづく〜


八十三話目です。

参照4000ありがとうございました……。
300話前に突破するとはおもわんで……精進します……。