複雑・ファジー小説
- Re: 赤が世界を染める、その時は。 ( No.351 )
- 日時: 2013/04/11 17:50
- 名前: 揶揄菟唖 ◆bTJCy2BVLc (ID: JbG8aaI6)
- 参照: http://297
85・An ugly thing is in a beautiful thing.
息をつめて、ヒダリの行動の一つ一つを見逃さないように観察していた。そのつもりだった。消えたんだ。一瞬で、ちゃんとした人間の形を俺の瞳は捕えていたのに、重量があるものを見てたはずなのに、それが揺らぐ事もなく消えた。
まさか、もっと速くなれるなんて思わなかった。速い。速すぎる。人間じゃない。いやそもそもヒダリが人間であることなんか期待していなかったけれど。
アスラの方の女はきっと大丈夫だ。アスラより、俺は俺のことを心配しないといけないんだ。
ロムはまだ人間だ。しかし、ヒダリは違う。
ロムの動きを一緒に観察してヒダリへの指示を飛ばせないようにしてから戦いたかったのだが、そんな暇もない。
もう少し、考える時間があれば。
後悔している暇はない。余裕もない。
消えたヒダリが、刃を引いた構えの状態で目の前に現れる。
やられると思った。狙いは俺の顔だ。判断をする。慌てた状態の判断。
とっさに両腕を顔の前で防御した。
それが間違いだと気付く前にヒダリは俺の腕めがけて刃を振り下ろしかけてそれから手を離した。
「……は?」
宙を舞う、ヒダリが持っていた刃。
それに気を奪われていて、それがヒダリの狙いだとわかった時にはもうヒダリは俺の懐に入っていた。すぐ下にあるヒダリの顔。
慌てて唇をかみしめて後ろに倒れようとした。とっさの行動で、足が元もつれかける。
そんな俺の顎に、ヒダリの拳が叩き込まれた。頭を直接揺さぶられるような衝撃が襲ってくる。ほぼ同時に腕が掴まれて視界が回転する。
一瞬の出来事でまったく対処ができなかった。
すぐに感じたのは背中をたたきつけられる痛みと、腕にかかる圧迫感。
さっきヒダリにしたことを全く同じように返されたんだ。ロムは相当性格が悪いようで、俺がこうすればプライドが傷つけられると知っていたらしい。
むかつく。本当に狙い通り、俺はこんなに苛ついている。
「……っ、…………」
悪態をつくつもりだったのに声が出ない。ヒダリが腕を離してくれない。振り払うことができない。
体が重い。背筋を電流が走っているようで、思い通りに動かすことができない。
眠い。瞼が重い。
紳士が聞いて呆れる姿だ。カンコが見ているっていうのに。カンコが。そうだ、カンコが居る。俺にはカンコが居る。早くカンコのもとに行きたいよ。早く抱きしめたいよ。
カンコ。愛しいカンコ。
お前は、私だ。私の芸術品であるカンコに魅了された男の一人だ。哀れな姿だ。破滅なのだよ。カンコを愛することは破滅であり、そしてお前に許された唯一の行為だ。お前が与えられた、最後の感情なんだ。お前は良くしている。お前は私の世界に彩りを届けている。カンコとともに滅びるというだろう。そんな事は不可能なのだよ。だって、カンコは死なない。私が居る限り死なない。私が愛を注いでいるのだ。死ぬはずが無い。私の愛しいカンコと死を共に仕様なんて、バカなことを言うなよ。最後の最後まで、お前はカンコを見ることしかできない。それ以上の事はできない。なぜならお前はそれしか許されていないから。お前とカンコの世界の中心である私が、それを許して居ないから。ジャルド。私の声が聞こえているか。聞こえているだろう。その脳みその中身は私の物だ。私が手に入れている。私から逃れる事はできない。そうだろう、ジャルド。賢いお前ならわかるはずだ。分かっているはずだ。ジャルド。ジャルド。愛しいカンコに魅せられた蟲よ。
〜つづく〜
八十五話目です。
あと三話。