複雑・ファジー小説

Re: 赤が世界を染める、その時は。 ( No.352 )
日時: 2013/04/12 21:58
名前: 揶揄菟唖 ◆bTJCy2BVLc (ID: JbG8aaI6)
参照: http://298



86・Freedom of Naka of a cage.


俺の頭に響く声は、間違いなくあの男の物で。目の前が揺れて、それで。怒りと悲しみがあふれてきて。知らず知らずのうちに唇をかみしめていて。
俺は確かに、お前の物なのかもしれない。俺の未来は、この男の物なのかもしれない。
男の名は、春海。カンコの父親だ。
カンコも生まれてくるためには父親が必要だった。当然のことなのに、どうも違和感を感じる。
カンコの父親の春海。彼は、カンコと俺を縛っている。
解き放たれているのかもしれない。檻の扉は開いているのかもしれない。俺たちがただ、この檻から逃げ出せないのかもしれない。春海から離れられないのかもしれない。
そうしたのは、俺たちに檻の扉に近づく力を与えなかったのは春海だ。間違いなくあの男。逃げられないのだ。
何も変わっちゃいない。俺とカンコは何も変わっていない。
だから何だ。俺はカンコと一緒だ。カンコと一緒に居られる。あの美しい少女とともにいられる。生きていられる。あの湖のように澄んだ瞳の中に、俺が生きている。

それなら、俺は息を続けることができる。

指先が動いた。それから徐々に、足先。肘、膝。脇、足の付け根。胸。腰。首。
体を一気に起こし、ヒダリを振り払い、逆に彼の腕をつかんで地面に押し付ける。いきなりの俺の行動にも反応しない彼の顔面。
俺は両手で左の手をつかんだまま、足を逆立ちのように振り上げる。
受け身として手を離して、一回転をするようにヒダリのフードの上から首に足を振り下ろした。

「……カンコ……」

自分が溺れていることに気付いているか。徐々に蝕まれている心に気付いているか。自分がもう戻れないことに気付いているか。自分がどれだけ歪んでいるか知っているか。お前は知っているのか、ジャルド。お前は私と同じだ。同じなんだ。同じようで、そして違うんだ。離れているのだ。かけ離れているのだ。全く違うのだ。だって、お前はカンコを最後まで見ることは無いのだ。そろそろかもしれないな。終わりが見えるか。気付けるか。私が終わらせてやるからな。今にでも、今すぐにでも。お前はきっと認めないだろう。真実と戦うだろう。抗うだろう。しかし、お前は勝てない。世界を変える事なんかできない。そういう運命なのだ。お前は悲しいくらいに、愛おしいくらいに無力で、小さいのだ。ジャルド。

「黙れよ。うるさいんだよ、お前は。昔からそうだ。お前はおしゃべりで、そして子供だ」

ぼそりと呟いて、ヒダリを完全に沈める。顔面から地面に倒れこんだヒダリの左腕をすかさず後ろ手に拘束して、彼の背中にのしかかる。
茶色い土に、赤い液体がにじんできている。歯か、鼻か。
少なくとも無事じゃないらしい。不意を突かれたからか、ようやく彼のダメージを食らわせることができた。


〜つづく〜


八十六話目です。
あと二話。ドキドキ。