複雑・ファジー小説

Re: 赤が世界を染める、その時は。 ( No.353 )
日時: 2013/04/13 21:12
名前: 揶揄菟唖 ◆bTJCy2BVLc (ID: JbG8aaI6)
参照: http://299



87・Humanity which was not thrown away.


ロムが一瞬だけ視線をずらした。
それはきっと、彼女にとって予想外の事が起こった証拠だ。だからつまり、ジャルドが何かした。しかもこちらにとって有利なこと。負けたら許さない。腹が限界だ。息も上がっている。

悩んでいたって仕方がない。この機会を逃したらきっと、俺に勝ち目はない。体力の問題があるのだ。
躊躇いなくリインフォースを発動する。
力の増大。体が熱を持ち、鼓動が速くなる。瞬きの回数が激減し、全ての動きの速度が落ちる。
ロムの油断を、動揺を見逃すわけにはいかない。

右腕をとがらせて、一突き。二撃目を続けて叩き込むと、さすがに氷の刃にひびが入る。そして三発目。氷が砕け散る。
ロムが反応する前に右腕をつかんで引き寄せて、脇から腕を拘束する。柔らかくなっている体を存分に使って彼女の顎に膝をたたきこむ。続いて、拘束している両腕の代わりに頭突きをお見舞いして首に噛み付いた。肉を食い破るつもりだった。血がにじんでくる。
衝撃で氷の防御を回すことができなかったのだろう。刃を取りこぼしたことをいいことに右腕に力をぐっと加えて、へし折った。
いやな音がして、ロムの顔がゆがんだ。だが涙は流さない。彼女のやわな足が抵抗をする。
口を離した。なんで、そんな行動をしたんだろう。なんで。このまま、喉を食いちぎってもよかったはずだ。

殺したく、無いのか。

彼女を押し倒す。背中をうったのだろう、と息が漏れる。

「っ、わ、たしは、」

彼女の左腕はへんな色に変色していた。魔力の反動だろうか。結構な負担が彼女を襲っているようだ。
彼女の強い瞳は何一つ変わっていない。
勝ったと思った。彼女の体に接近しているせいか、やけに寒い。肌が凍りついていく。
腕輪に手を掛ける。
荒い息をしている。今にも泣きそうな顔だ。氷が退いている。魔力も薄くなった。
きっと、もう終わりだ。
一瞬の油断で、彼女は一気に人間に戻った。そして敗者になったのだ。
命を奪おうとしていない俺に俺自身驚いている。ここまで来て、彼女の先を見たいと思ったのだ。
彼女はこれからどうなるのだろうか。どうなるのか見てみたい。近くで、見てみたい。これだけ強い彼女が、一体どれだけの感情を抱いてこれから生きていくのか。

体が妙な震え方をしているのに、最後の最後まで殺気を緩めない。口角が上がりかける。

「まけ、ない。っは、負けるわけ、ないっ……」

自分の唇から血液がしたたり落ちる。ロムの血だ。
左腕に氷が集中し始める。まだ、やる気だ。でもさせなかった。

骨を折られて力を失った右腕から腕輪を外す。

「っぁ、くっそ……」

そこでようやく、ロムが泣き始めた。


〜つづく〜


八十七話目です。
あと一話です。
次回は多分、うん。