複雑・ファジー小説
- Re: 赤が世界を染める、その時は。【300話突破】 ( No.357 )
- 日時: 2013/04/19 17:18
- 名前: 揶揄菟唖 ◆bTJCy2BVLc (ID: JbG8aaI6)
91・Fear which should exist and which is not.
ヒダリ。
自分の名前がそうなったのは何時の話だったか。記憶力が乏しい自分の中にその答えは無い。しかし、こう呼ばれることが妙にうれしく落ち着いていたことは、多分自覚している。
自分というものが自分の中には存在しないのだ。あるのはただ、指示に従うという能力だけだ。自我は無い。感情も欲望も存在しない。
そのはずなのに、なんだろうかこの感じは。
そっと彼女に触れてみる。冷たい。冷たくてかたい。死んでいるんだ。当然だ。
笑っている。なんで笑っているんだ。自分が命を狩ってきた人間はみんな笑っていなかった。泣いていたのだ。涙を流していたはずだ。
彼女は違う。
彼女は自分の中で価値が違うのか。まさか、あり得ない。価値観も必要ない。
自分はただ、従えばいい。
誰に。彼女が負けて、死んだ今自分は誰に従えばいい。
簡単だ。雷暝様だ。
彼が居るであろう方向に耳を傾ける。目を向ける必要はない。
従うだけだ。
脳みそ。彼女が自分の脳みそだった。
『ヒダリ。解き放て』
頭の中に熱が集まっていく。
嫌だ。
おかしい。自分は従えばいいはずなのに。
嫌だ。
彼女が、ロムが、死んだ。負けて死んだ。ソウガに殺された。
笑っている。
負けたから。なんで負けたんだ。コイツ等のせいで負けた。コイツ等がここになければ、彼女はまだ自分の側に立っていたはずだ。
自分は彼女とずっと一緒に居た。話したことは一度もない。彼女が自分に話しかけてくることだって全然なかった。
でも、一緒に居た。何時だって一緒に居たんだ。
今まで一人だった。ずっと一人だった。でも違った。彼女が居てくれた。側に居てくれるようになってから自分は一人じゃなかった。
だからか。
だからこんなに胸が苦しいんだ。
立ち上がる。彼女の髪をそっと撫でた。
後で、この勝負に勝って生き延びてみせる。そうしたら、彼女と一緒に居るから。まだずっと一緒に居たいから。
だから自分は負けない。
俺はただ従うだけじゃなくなる。
解き放てと雷暝様が言う。
解き放て。
解き放て。
自分を。
『————NoNExistENcE』
視界が揺れる。視界の中心に居たジャルドとアスラが危険を感じたのか後退していく。
どうでもいい。自分は勝てばいい。今まで通り、この二人を消せばいい。
今から指示は来ない。この姿になったらもう指示は必要無い。
枷が外れていく。
視界が妙に暗い。鼻がよく効く。耳もだ。
背中から突起が飛び出して、二人の姿が小さくなる。
自分は、人間ではない。
自分は、ドラゴンである。
〜つづく〜
九十一話目です。