複雑・ファジー小説

Re: 赤が世界を染める、その時は。【300話突破】 ( No.360 )
日時: 2013/04/25 21:06
名前: 揶揄菟唖 ◆bTJCy2BVLc (ID: JbG8aaI6)



94・It is good only at it.


目の前の光景が信じられなかった。一気に影が俺たちを覆い尽くしていって、黒色の鱗に覆われた背中だけしか見えない。
これは、なんだ。それにしても、なんだったんだ今のは。聞いたことがない。今この光景だって、話にも聞いたことがなかった。母さんは見たことあるのか。ないはずだ。有り得ない。
あんな言葉一つで、人間だったものがまるでドラゴンのような姿になるなんて。
あり得ない。いや、あり得ている。今ここに、俺の目の前で。

隣で、雪羽がへたり込んだ。
あれだけ前向きだった彼女も、この展開は予想外だったようだ。これでは、戦意を喪失したって仕方がない。
でかすぎる。ギガントだったとしても、このでかさは異常すぎる。
足が震えている。有り得ないじゃないか。こんなの。
母さん。あなたはこの生物を見たことがありますか。
これは、どうしたらいいんだ。
どうやったって、勝てるわけがない。

「大丈夫、です」

情けない声だった。弾かれるようにその声の方向に顔を向ける。
すると、彼女は胸の前で拳を作っていた。薄い肩は震えて、むき出しの白い脚は虚しく床を掻いている。
なんだ、これ。なんで、こんなことがいえるんだ。
どうして俺は、こんな言葉一つでこんなに安心しているんだ。

「勝ちます。勝ってくれます。信じるしかできません。私にはそれしかできなんです」

自分を追い詰めているような言葉。でも揺れている。俺は揺れてしまって居る。考えている。
ここに居る俺はどうすることもできない。信じるしか、ただ待つことしかできない。
俺は、弱い。
母さんが封印されて、いや本当はその前からずっと前からわかっていた。俺は、母さんの魔力をうまく受け継ぐことができなかったゴミだ。クズでしかない。
そんな俺がここまで来て、これだけの感情を抱けているのは、銀たちが居たから。
ここで死ぬわけにはいかない。雷暝に利用されて終わりなんて、嫌だ。

「……魔術ではないだろう」

落ち着いてきた。
これだけ大きくても、アイツ等ならやってくれる。命は奪わなくても、勝利の条件はまだあるのだから。
それに彼らはきっと、この雪羽という女に執着している。
何となく、分かったような気がする。
この女は弱くて、ダサくて、情けなくて、頼りなくて、鬱陶しくて、バカで。
でも、落ち着く。一緒に居て、じんわりと温かくなってくるような、そんな感覚がする。心臓が穏やかな体温で包まれていくようだ。

「魔術じゃなければ、ヒダリはビーストだったんですか?」

「ビーストではないだろう。ビーストであの大きさを持っているなら、それは弱さでしかない。それに、アイツにはまだ理性がある」


〜つづく〜


九十四話目です。