複雑・ファジー小説

Re: 赤が世界を染める、その時は。【300話突破】 ( No.371 )
日時: 2013/05/17 21:26
名前: 揶揄菟唖 ◆bTJCy2BVLc (ID: ae8EVJ5z)



105・It can smear away and is our color.


その時は、永遠で、そして一瞬であった。
俺はようやく立ち上がったところだった。
美しいと思った。ヒダリの舞うように闘う姿に近いと思った。
俺は、何もできなかった。もしかして、ジャルドは俺よりも強いのか。しかし、刀は壊れてしまった。

ドラゴンの姿が消えた。ヒダリが人間に戻ったのだ。
大量の血液が、空を汚した。もう何度も見た光景だった。赤い空はもう見たくないというのに。
ジャルドが振り返った。俺を見ていた。それで、弱弱しく手を振って後ろから倒れていった。
雨が止んだ。空は青く戻っていった。大地が赤くなっていた。
ああ、俺も赤い。視界が揺れた。
もう限界だった。体力と、精神力の限界。

『ヒダリも負けか。ガーディアン』

もう一度立とうとしたけど、もう力は残っていない。自分の呼吸と、雷暝の声を聞くだけで精いっぱいで、ジャルドやヒダリの方を見ている余裕なんか無かった。
また殺すんだ。負けたから。俺たちが勝ったから。
すっきりしない。ジャルドが俺よりもいい仕事をしたこと。最後の最後まで、俺は冷静じゃなかったこと。少しでも、ジャルドと戦えてよかったと思っていること。

ガーディアンと呼ばれた少年とも少女ともわからない顔だちをした小さな影が、俺の側を歩いて行った。
ヒダリが居るであろう方向へ。

目をつむってしまいたかった。
酷く疲れていた。

「ヒダリくン」

やけに落ち着いた声だと思った。泣きそうな声でもあったかもしれない。声がぼやけている感じだ。鼓膜が上手く震えない。
指先さえ、全く動いてくれない。

これで、いいのか。俺たちは勝った。
少なくとも一勝。一歩あの女の奪還に近づいた。でも何かから遠ざかった。
なにから。

何回か、言葉を交わしたようだった。
恐ろしいくらいの静寂の中で、ヒダリの絶命は空気を揺らすことは無かった。
ガーディアンの嗚咽が、彼の最後を知らせた。

『おめでとう。結構面白かったぞ。次はどうする?』

「待った! アスラとジャルドを回収させてもらうからな!」

叫んだのは燕だった。
雷暝の許可を待たずに俺とジャルドを引き上げに来たのは燕と銀孤だ。

「大丈夫か? けがを治せる魔術を持っている奴いるのか?」

俺の肩を担ぎ上げながら、銀孤は不思議な色合いの瞳を俺に向ける。

頭がくらくらして、今にでも意識が跳びそうだけど、話しかけられる事でなんとなく意識を保っていた。
こんな効果があることを、このバカは知らないだろう。妙に抜けたコイツは、変な熱を持っている。いやな感じはしない。でも鬱陶しいと感じる。
人がそばにいるのはどうも苦手だった。

「……知らない……」


〜つづく〜


百五話目です。

居合い切りって好きなんです。
ヒダリのことは次回。順番が変ですね。