複雑・ファジー小説

Re: 赤が世界を染める、その時は。【300話突破】 ( No.378 )
日時: 2013/06/06 20:17
名前: 揶揄菟唖 ◆bTJCy2BVLc (ID: ae8EVJ5z)



112・It is a wish as the beautiful last.


彼の中には、世界がもう一つある。
普通の二重人格者ならば、本来、お互いの存在に気付かず、また感覚も記憶も共有しないことが多い。
しかし彼は、彼らは違った。
お互いの存在は知っているし、感覚も記憶も共有している。別々なのは心情だけだ。まだ迷っているレジルの中で、獣のレジルには迷いがない。それこそ、獣であった。
彼にだって考えはある。もう一人の獣のレジルだって考えて生きて行動している。それが、本当のレジルの目には無謀で無能な行動にしか見えないとしても、本当はレジルなのだ。
獣になっていたとしても、彼は確実にレジル本人が作り出した自分であり、また本当のレジルも獣のレジルにとって自分なのだ。
それに気付かず、本当のレジルは彼に身をゆだねる。
獣とは言葉を極力かわそうとしない。なぜなら、獣は自分の穢れだと思っているからだ。

「……ソウガくン」

体は薄い。そんなガーディアンの背中の羽が震えるようにして小刻みに揺れている。羽は、ガーディアンの確かな迷いを表している。

迷い、か。
妙な気分だった。

どっぷりと、つま先から髪の毛の先まで何かが包んでいる。自分だけではなくて、ここのすべてを何かがつつんでいる。
薄い膜のような、小さく振動をしている何か。少しだけ、息苦しく重苦しくするような何か。
なんだろうか、これは。
微かな嫌な感じ。少しずつ分泌される汗。
なんだこれは。なんだろう。
これが迷いなのだろうか。

耳から離れない言葉がある。

『ソウガ』

確かに俺の名前だった。ガーディアンもみんな俺をそう呼ぶ。
血液がにじみだすその女特有の柔らかそうな唇。
最後の最後、甘ったるい死の香りを漂わせながら彼女は俺の瞳を見つめていた。今までで一番素直で、そして一番美しく、そして力強く見えた。幸せそうにも、何かを抱えているようにも、何かを後悔しているようにも見えた。
あの瞬間。あの女が俺に囁いた言葉。
俺は、あの言葉を最後まで抱えていかなければならない。俺とアイツは、ロムは、確かにともに時を共有した仲間なのだから。
世間一般では。ここではそんな言葉存在しないと思っていた。世界が変わってきている。確かに変化しているのだ。この世界は、俺の世界は変わってきている。
俺たちは、ここで仲間として生きていたんだ。生き残るために、確かに生きながら、そして絆を持っていた。

涙が出てきそうだった。
変な気分だった。いやだった。こんなことで俺は弱くなりそうだ。

ガーディアンは言葉をつづけなかった。
ガーディアンの少しごわごわした髪を乱暴に撫でながら、ロムが俺の名前の後に言っていた言葉を何度も頭の中で繰り返していた。


〜つづく〜


百十二話目です。