複雑・ファジー小説

Re: 赤が世界を染める、その時は。 ( No.410 )
日時: 2016/02/25 00:52
名前: 揶揄菟唖 (ID: /dHAoPqW)



130・The thing which should be broken.


『素晴らしいな』

眩暈がしていた。それは徐々に吐き気に変わっていた。
そんなことを自覚することはできた。
自分が息をしているか。それはかろうじてわかる。

それは当たり前のことだった。
ここにきて、雷瞑様のもとについて。居場所をもらった。生きる場所をもらった。

ぐらりと、足元が定まらない。
べっとりと、ゆっくりと、自分の主の声が脳みその中に入り込んで、これが当たり前のことであることが証明されている。
自分はここで生きてきて、主人の正解がこの世界の正解であることを疑いもなく、飲み込んできた。
しかし、今眼前にある皿の中の物体は、なんだ。
今まで通り、当たり前だった。
敗北した仲間の命を奪うこと。
今までずっとずっと、繰り返されてきた。
当たり前のことなのに。どうして自分は今更、疑問に思っているんだろう。
主人の願いをかなえるために、自分たちは動いてきた。時に世界が退屈になった主人の気まぐれで、仲間同士で戦いあい、そして殺しあったこともあった。

なんで今更、疑問に思う。

扉と鍵を連れて帰ってきた主人は、うれしそうだった。今までにないくらい興奮している様子がうかがえた。
彼の喜びが、自分の喜びなのだと知らされた。
自分は、多くのことを感じなくていいことを思った。それでいいんだと思った。

しかし、戦いが始まり、すでに三人の仲間が死んだ。
なんだ、この心の軋みは。
自分に心はあるのか。
そんなことはどうでもいいことだった。

ふと顔をあげれば、先ほどまでレジルと戦っていた少年と目が合う。

哀れみ。
哀れみ?
なぜ。
なぜそんな感情の瞳を向けられなければならないんだ。
どうして。
なんだ。

自分たちのあたりまえが壊れようとして居る。

悲しそうにする少年。
燕。
どうしてそんな顔をするんだ。
そしてどうして、自分にはその顔を作ることが許されないのだ。

どうして自分は、大好きな仲間を——————。

主人が望むから。
そのすべてだった。
なぜなら、主人に求められなければ、自分は存在価値がないからだ。

見ていられなくて、燕のもとを離れた。

もう何も失いたくないから、もう、終わってくれ。
この戦いを、やめてくれ。

仲間であるソウガくんのもとに戻ると、優しく頭を撫でられた。
胸がズキリとした。
認められたい。
寂しい。
みんなみんな、死んじゃった。

ソウガ君の袖をつかむと、驚いたように顔を覗き込んできた。

「死なないデ、ソウガくン」

当たり前の言葉なのに、それを懇願するように吐いてしまった。
困らせることはわかっていたのに。
かがんだまま彼が自分の髪にキスをした。

「ああ、わかっているさ。雷瞑様のためにな」

三回目の戦いが、始まる。


〜つづく〜