複雑・ファジー小説

Re: 赤が世界を染める、その時は。参照200で目玉抉れた ( No.46 )
日時: 2012/05/11 19:14
名前: 揶揄菟唖 ◆bTJCy2BVLc (ID: 1HHiytFf)


22・赤が走っているとき。


息を軽く吸い込んでから、あたしは走り始めた。
この会社の地図は頭の中に叩き込んである。

めんどくさい方法としては、社内にもぐりこんで隙をついて得物を奪うという手もあるが、どうやらあたしには向いていないようで、昔何度か失敗した。
そりゃあ昔はこの仕事に慣れていなかったし、傷つくのが嫌だったから、安全な方法をとろうとしていたけれど、慣れてくるうちに面倒になっていった。

失敗すれば報酬ももらえない。
いや、報酬はいつもあのバカ上司が全て貰って、あたしはそのバカ上司から決められた分だけ貰うというシステムになっている。
バカ上司のほうが立場は上だから取り分も多い。
あたしが働かなければ、あのバカ上司には一銭も回らないといえば嘘だ。
バカ上司は顔が広いから、あたしが働かなくなっても何も困らないだろう。

あたしはあたしのためにこの仕事をやっているんだ。
この仕事をあたしが手放すことはきっとない。
自分の手を汚しても、あたしはあたしの生活が何より一番大切だから。

今回の得物は、ハラダ・ファン・ゴの生誕2000年を記念されて作られた武器だ。
武器、とあえていうのにはわけがある。
あの武器は剣というのには長く、大剣というのには細く、刀というのにも両側に刃が着いているため適さない。
ここでは面倒なので太刀といおう。
太刀というのにも適さないが。

きっと得物は警備が厳重で、一番奥にある倉庫にあるだろう。
大切な物を隠すのにはそこが一番だ。
あたしだってそう思う。

狙いが絞れたから少し走るスピードを早くする。

バカな会社はあたしにまだ気付いていない。
本当にこんなんでよくやってきたものだ。

だが油断は大敵。
走るのは早くするものの、足音には細心の注意を払っていた。

が。

それは突然現れた。
あたしの進行方向の廊下にふらりと、余裕の足取りで現れたのだ。
驚いたあたしは足を止める。
アイツの顔には見覚えがある。
嫌というほど。
あたしはアイツの名前を知っている。

そう。
あの男の名は。

「やぁやぁ、俺の子猫ちゃんじゃないかぁー」

ジャルド。

こいつは嫌いだ。
心底嫌いだ。

だって話しているだけで体中に悪寒が走り、鳥肌が広がる。
腹の奥の方に、ぐちゃぐちゃした粘液がへばりついている気分になる。

不愉快だ。

やけに丁寧なその手の動きも、少し茶髪混じりの黒髪も、そこのない穴みたいな黒目も。全部全部あたしを不機嫌にする要因にしかならない。

「なんで、あんたがここに」

あたしはなるべく短い言葉でコイツの会話したい。
だってあまり長く喋ると脳みそが腐りそうだから。
コイツに汚染されるのは回避したい。

ジャルドは口元を歪めた。

そうだ、コイツの笑顔もむかつく。
良く笑うコイツの顔を思いっきりぶん殴りたい。

爽快だろうなぁ。

あたしとこの男はどうしてこんなに不仲なのか。
そんなことは忘れた。
あたしとこの男が出会ったのはいつ頃で何処だったか。
きっとコイツと出会ってからあたしの人生はおかしくなっている。

あぁ、なら、そこからやり直したい。
コイツと関わりない人生を送ってみたい。

コイツはあたしの仕事先に現れては、あたしの邪魔をして忽然と消えていく。
邪魔するんだったら、ちょっとはあたしの文句も聞けっての。
一発殴らせろっての。

「いやぁ、俺の子猫ちゃんがここを奇襲するって風の噂で聞いてね」

「誰がアンタの子猫ちゃんだ、コラ」

ジャルドはおちゃらけた風に耳に手を当てて、何かを聴いている仕草をした。

何だ、風の噂って。
というかなんでコイツはあたしの仕事内容をまるで分かっている様に、あたしの仕事先に現れるんだ。

もううんざりなんだけど。
こっちからしたら。

もしかして、あたしのバカ上司とジャルドはグルか!?

「そうだねぇ、俺はお前みたいな小汚い野良猫を懐に入れてやれるような心の広い人間じゃねぇなぁ」

いちいちむかつく言動。

あたし後どれくらいでコイツのこと殴るんだろう。
気が長い人間でもないから、それは近いうちかもしれない。

「俺の懐にいるのは、カンコだけで充分だぁな」

一瞬笑顔を消してジャルドは近くにいた女の子を引き寄せて、抱きしめた。

あたしにはその少女の価値はわからないけど、ジャルドはきっと気に入っているのだろう。
頭に蛆が沸いているこの男に趣味は最早あたしには分からない。
分かりたくもない。

だけどコイツがもしロリコンの趣味に目覚めているのなら、あたしはすぐにこの場から逃げ出して他のルートを探しに出る。
3秒でそうする。

「ジャルド、苦しい」

ジャルドの腕の中の女の子は、薄い青色の目を少し不機嫌そうに揺らしてジャルドを見上げた。

……あれ。
別のルート?
あぁ、そうか。
最初からそうすればよかったんだ。
まったく、あたしはバカか。

「仲が良さそうで結構だわ。じゃ、あたしはコレで」

コレであたしはこの空間から退場するんだ。
そうだ。
自然な退場だった。

あたしはカンコの身体をジャルドが離しているのだけを視界の端に入れてから、元来た方向に身体を向けた。

コレで立ち去ろう。
そう踏んでいたのに。

「っぐっ」

それはあたしの耳に届いた、声とも言えない声だった。

紛れもない、あたしの声なんだけど。

凄い力だった。

あたしの体勢は崩れ、床に倒れこんでしまった。

だがあたしはそこまでバカじゃない。
あたしはすぐに身体を起こし、ジャルドから距離を置いて睨みつけた。

ジャルドは鞘に収めたままの刀をあたしの方に向けて笑っていた。

冷ややかな笑顔だった。

あたしの背中を勢い良くついたのは紛れもない、この男だ。
やはり侮ってはいけなかった。
ギャグのようにスマートに退場することなんて、この男が許すはずなかった。
この男は面白いことは大好きなはずなのだが。

「ったく、野良猫の上に頭まで足りてないとは、最早救いようがねぇな」

ジャルドの低い笑い声に、あたしの皮膚があわ立ったような感覚にとらわれた。


〜つづく〜


二十二話目です。
今回は雪羽ちゃんは登場しませんでした。
あ、文字数の関係でここまでで!