複雑・ファジー小説

Re: 赤が世界を(略)おなかすいた ( No.67 )
日時: 2012/05/13 13:49
名前: 揶揄菟唖 ◆bTJCy2BVLc (ID: TRpDG/gC)


7・意味。


「そういえば、この風船には何の意味があるんですか?」

頭の部分は被っていない状態で、私は風船を膨らましている男の人に問いかけた。

背もたれのない椅子に座っている私は結構辛い。
まだ仕事は2日目だ。

男の人は、私に最初に仕事を紹介してくれた人で、今でも親切にしてくれる。
もう怖くなかった。

男の人は、私に膨らまし終えた風船を渡して微笑んだ。

「何の意味も無いよ」

「へ?」

そういえば風船を配っているだけで、どうやって経営しているのだろう。
私たちのような人間も雇っているというし、どうやって金を稼いでいるんだろう。きになる。
これはただの『与える』だけの行為だ。利益がない。

「さあさあ、もう行きな。給料減らすよ」

男の人は、私の手を引いて椅子から立たせると、背中を強引に押して会社から出した。

2日目ということで、私にはまだ『お守り』がついている。

私のきぐるみと統一感を出すためなのか、先輩のきぐるみは黒い猫のヤツだ。
なんだか、私とライアーみたいだと初日は思った。
先輩はもう外に出て準備もできていた。
私が待たせていたんだ。

「ごめんなさい!」

私が先輩に駆け寄ると、先輩は無言で頭をなでてくれた。
乱暴な手つきだけれど、きぐるみだからしょうがない。
私は慌ててきぐるみの頭部を被った。

一瞬で視界が暗くなって、息苦しくなってしまう。
先輩はもうこの感覚に慣れているのだろう。
私はこの感覚に慣れるまでというほど、この仕事をやるのだろうか。
給料は毎日配布してくれるから助かっている。
帰りに夕飯の材料を買って帰ることにしている。
ただ、ここの食材は何故か高く、品質があまりよくない。不満だ。

「あの……」

先輩の後を歩きながら、私はさっきのことについて考えていた。
きぐるみを着ている時は、あまり話してはいけないらしいが、私はどうも我慢できなかった。

「何のために、あの人はこの会社を経営しているのでしょうか?」

先輩は一瞬立ち止まって、私のほうを振り返ったがすぐにまた歩き出した。

「この町は暗い」

「え」

初めて聞く先輩の声は、とても落ち着いていてしっかりとした女性の物だった。そういえば顔もみていない。
きっと私より年上だ。

「そう言ってた。だから、少しでも明るくしたい」

確かに、この町には明るさが足りないと思う。
町全体がどんよりしている。
晴れているのに、毎日曇りみたいな暗さが漂っているんだ。
何のせいだろう。
きっと人が笑っていないからだ。

笑っていない、か。
私の頭にあの少女に顔が浮かぶ。
笑っていなかった。

「私も、辛かったんだ」

先輩が足を緩める。

なんだか喉かな空気になった。

「お金がなくて、行き場がなくて。薬もやってた」

薬とは麻薬のことだ。
そうなんだ、先輩もやっていたのか。
「も」って変な話だけど。

「だけど社長が変えてくれた。仕事とお金と、生きがいをくれた」

きぐるみのはずなのに、先輩が笑っていることが分かった。

きっとその時先輩は嬉しかったんだ。
私もなんだか心があったまって、同時に悲しくなった。

まだ、この町には先輩のような人が、たくさん居る。
あの少女もだ。
私は小さな世界しか知らなかった。
世界のほんの少しだって知らなかった。
世界には死にたいほど辛い人がたくさんいるんだ。
みんながみんな幸せなんてありえない。

「先輩は……今、幸せですか?」

「もちろん」

この仕事の意味、それは笑顔を作ることだったんだ。

笑顔を作る、ね。
ライアーは笑ったりするのだろうか。
想像したらなんだかおかしかった。


〜つづく〜


七話目です。
今回は良くわからない回ですがきにしないきにしない。
やっぱりファンタジーって書いててたのしぃー!
もうたのしぃー!