複雑・ファジー小説
- Re: 赤が世界を染める、その時は。 ( No.81 )
- 日時: 2012/05/14 17:43
- 名前: 揶揄菟唖 ◆bTJCy2BVLc (ID: JSuMRn8G)
20・自由。
その町は朝日に包まれた。
私はいつもの赤いジャージに着替えて、隣の部屋を覗き込んだ。
どうやら本当に昨日は疲れていたようで、ライアーはぐっすり眠っている。ピクリともしない。
小声で別れを告げてホテルを出た。
今日は社長や先輩たちに別れを告げる。
まだ町は出ないが、昨夜私がまだ働くと駄々を捏ねても、ライアーがそれを許さなかった。
私が首を縦に振らなければ、ライアーは寝ないで私の説得を続けていただろう。アレは仕方なかった。
私はいつもの風船を配る道路に行って、辺りを見渡した。
目星をつけて、会社に向かう。
お礼を言わないといけない。彼女に。
+ + + +
「え? 雪羽ちゃんは面白いことを言うね」
社長は理由を聞かないでくれた。
別に話してもなんら問題は無いのだが、私は少々急いでいた。
急ぐ必要は無い。でも気分が急かす。
「きぐるみは?」
「要らないです!」
社長からもらった物をしっかりと握り締めて、私は外に飛び出した。
+ + + +
あまり夜眠れなかった。
どうしても自分の行動が引っかかっていたんだ。
何で、自分はあんなことをしたんだろ。
偉そうに。最低だ。何様。何様。
私は今、世界で一番価値のない人間だ。
人生に諦めているくせに、生きている。のうのうと。
ため息が出る。自分にあきれる。こんなこと、初めてかもしれない。こんなに自分のことを見るなんて。自分と向き合うなんて。
静寂を破ったのは、いつも見ている道路が騒がしくなったことだった。
不思議に思ったのと、気分をさっぱりさせたかったのを理由にして私は窓を開ける。
すると。
+ + + +
よし。完璧。ここが一番いい。
しっかりと目の前の建物を見据える。
何やら道路の人間が騒がしい。馬鹿笑いしている人間もしている。でも気にしない。
私は落ちないように慎重に歩を進めた。
両手でバランスをとりながら。
怖くない。こんなに高いのに、怖くない。
ビーストと戦ったときの方が怖かった。
窓が開いた。少女と目が合う。驚いている。
確認して、私はそっとヒモを離して両手を広げた。
+ + + +
赤。赤だ。鮮やかな赤。青い空にぽっかりと浮かぶ、赤。赤が染めていく。何だ、コレは。赤。赤。どうして、こんなに赤が。綺麗だ。
赤い女がばら撒く赤は、私の眼を心を侵蝕している。
彼女はにっこりと笑った。
そうか。コレがみんなの騒いでた理由。
赤い風船が、数え切れないほどの風船が浮かんでいく。
呼吸が荒い。ドキドキする。
赤い女の口が動く。私に向かって、何か言っている。
聞こえない。
遠いのか。
聞こえない。
でも、口の動きで読み取ろうと目を凝らす。
「あ、りが、と、う……?」
あぁ、あの、あの赤いきぐるみか。
すぐにぴんと来た。中身もバカそうだ。
何だ。そんなことのために。わざわざ向かいの建物の屋根に上ってまで。
私のために。私の。
「バカじゃ……ないの……」
体の力が抜けた。
あんなことのために、一生懸命になって。バカじゃないの。
あんなこと、か。
全部諦めて。何もして無いくせに。何も頑張らないで。無駄だって諦めて。結局逃げてただけだ。逃げるのに必死で。言い訳してただけか。
「……私のほうが、」
よっぽどバカだ。
あきれて乾いた笑いが出た。
「お嬢様……治療は……」
世話係がいつもの時間にやってきた。
どうせ私が頷かないのを分かっていて、諦めている。
そんな奴等の顔をじっと見つめてやった。
即答しない私に、明らかに動揺している世話係たち。面白いな。
楽しく生きろ、か。
よし。
なんなら、その諦めを裏切ってやろうじゃないか。
その方が面白い。
「分かった」
「は?」
「分かったって言ってんじゃん」
私は窓から離れてドアに向かった。
世話係の隣をすり抜けて笑ってやる。
「治療でしょ?」
ありがとう。
バカで赤いきぐるみ。
アンタのお陰で私は生きる気になったよ。
救ったつもりになっていたけれど、救われたのは私の方だった。
赤い風船が空を舞っている。
いつまでも、自由に。
〜エンド〜
二章完結!
お疲れ様でした。
とにかく私は雪羽ちゃんに空に風船を放ってほしかったのです。
次は三章ですね。
よろしくです。