複雑・ファジー小説

Re: 赤が世界を染める、その時は。【二章完結!ぐへへ】 ( No.84 )
日時: 2012/05/24 18:42
名前: 揶揄菟唖 ◆bTJCy2BVLc (ID: wDvOBbcg)


3・昔の話だ。


白い光が視界一杯に広がっている。
サイレンのような音が、耳を突き刺すような音量で鳴り響いている。
そして色んな、たくさんの人たちの声が遠くなったり近くなったりしている。
意味が分からなかった。
何が起こっているんだろう。
頭が、耳が痛くて、何も考える気にはならない。
それでも、何かを捉えようとして、目を凝らして動く物を必死に追いかけていた。

俺はこんなところで何をしているんだ。
ただ、何が起こっているのか分からなかったけれど、みんなが檻から出るのを見て俺も便乗した。
本当は、檻から出てはいけないから踏みとどまりたかったけれど、いつも鞭で叩いてくる人も驚いていて動けなかったから誰かが殴った。
そしたら倒れた。気を失って泡を吹いていた。
殴った人も訳の分からないことを叫んで、殴った自分の右腕を、左手で握った何かで突き刺し始めてしまった。
気が狂ったんだ。
いつもはしてはいけないことを、してしまったから、どうしたら良いか分からなくなって。
俺と一緒だ。俺もどうしたら良いか分からなくて、おどおどしているだけだ。
ただ檻から出てしまったからには逃げなくちゃ。
逃げる? 逃げるって何だ? どうして? 何のために? 何処へ?
俺たちはみんな行き場所がなくて、どうして生きているか分からなくなったからここに居たんだ。
でもここが壊れたら? 俺たちはどこに行けば良いんだ?
どうして逃げようなんて思った?

気がついたら俺も自分の頭を掻き毟っていた。
こんなことではいけない。
さっきの人みたいに気が狂って、泡を吹いて死んでしまう。

してはいけないことは分かっている。出来ないこともわかっている。
なら、俺は何を知っているんだ? 俺は生きるための何を知っている?
俺は、俺は。

「ちょっと! 大丈夫!? しっかりしなさい!」

後ろから腕を掴まれてはっとした。
鋭くてよく響く声だった。
檻と檻の僅かなスペースに隠れていたので、誰にも見つからないと思っていたのに。
どうやらここの奥は何処かに繋がっているようだ。
俺はコイツの名前を知らない。顔も見たことない。
でもなんでか安心した。コイツは何か俺に教えてくれると思った。

「何ボーっとしてるのよ! 逃げないの!?」

コイツは俺の腕を必死に引っ張っているが、女の力では俺を立たせることなんかできない。
自分と同じ薄汚い服を着た女を見つめた。

コイツの明るい、少しオレンジがかった茶色の瞳は強い光を放っていた。
本当に発光しているわけではないが、どうしてもそう感じてしまうほど彼女の目はしっかりとしていた。

「どうして、逃げるの?」

俺は彼女の瞳から目を逸らせなかった。
手を振り払うことも出来なかった。
コイツは俺を救ってくれる。そう感じていた。

「そういうのは後! こんな腐ったところで死にたいの!?」

一瞬思考が止まった。

ここで、俺が、死ぬ? 今逃げなかったらここで死ぬのか? 俺が?

実感がわかない。サイレンの音が遠く聞こえる。

———————————————嫌だ。
嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!
こんなところでは死にたくないっ!

「俺っ!」

女の手を握って立ち上がった。
いきなり体重を掛けたからか女の身体がふらついた。

でも彼女は俺の身体を支えてくれた。
ぎゅっと握手を交わすと彼女が柔らかく微笑んだ。


〜つづく〜


三話目です。
今回は誰の話かはあえて言いませんよ!
最近面白い本がない!