複雑・ファジー小説

Re: 赤が世界を染める、その時は。【二章完結!ぐへへ】 ( No.90 )
日時: 2012/05/24 19:25
名前: 揶揄菟唖 ◆bTJCy2BVLc (ID: wDvOBbcg)


9・彼は繊細だから。


馬車の中は意外に広くて、私と銀が2人で寝転んでも、大丈夫なようだった。だが、銀よりも背の高いムーヴィが入るとなると3人は無理そうだ。

私は布袋の上に腰掛ける銀を眺めた。
銀も立っている私を不思議そうに見ていた。

「おい、危ないぞ」

銀が私に手招きをしたとき、ムーヴィが馬車を動かし始めた。
馬車に乗るのは初めてなので油断していた。馬車が大きく揺れたのだ。
バランスを崩し、転びそうになる。

「あ!」

だが私は転ばなかった。いつの間にか銀が立ち上がっていて、私の身体を受け止めてくれた。

いつ移動したのだろう。分からなかった。
温もりが私を包んでいることにはっとする。
抱きしめられるような形になっていて、驚いた私は銀を突き飛ばしてしまった。
しかし銀は怒らないで、いつものように、人懐っこい笑みを浮かべた。

「座っとけって」

銀はそう言いながら隣の布袋を叩いたが、私はそれに応じず、その場に腰を下ろした。少し汚いけれど、さっきのようにまたなったら困る。

そんな私に初めて銀が、不機嫌そうに眉間に皺を寄せた。

「なーぁ。お前、俺たちのこと信用して無いの?」

思わず、口ごもってしまった。何て返したら良いのだろう。確かに信用はしていない。さっき会っただけの仲だし、自分とは正に住んでいる世界が違うのだ。
だけど、私を助けてくれた。まだ実際には助けられていないけれど、孤独から救ってくれたのだ。まだ当分、この銀とムーヴィと2人で居るんだ。
それなのに、本当のことを言っていいのか? 信用していないと?
呆れられて、ここから放り出されたらどうしよう。自分には行く所が無い。帰る場所も。いや、帰る方法も。
それなのに、1人になって平気なのか?

「……そんなことないよ」

迷った末に、私は嘘をついた。
心から信用しているわけじゃない。でも信用できるようになりたいと思っている。銀は私のことを信用しているようだが、ムーヴィはそう思っていないようだ。ムーヴィにも私を信用して欲しいとも思う。
まぁ、そんなに長く一緒に居るわけじゃないんだろうけど。

「そうか! それは良かった!」

なんか、予想していた反応と違う。
私はもっと、嘘を見抜かれるとか思っていたのに。やっぱり、銀はバカなんだ。人間の感情とかに弱いのだろうか。正直者なのだろうか。そこはもっと私の言動を疑うとか、そういう事をする物だろう。
なのに銀は笑って、私に近寄って私の隣に座った。距離を置きたいけれど、ここで動いたらあからさま過ぎるので我慢した。
銀のほうを向かないようにする。視線が痛い。こっちをじっと見ているようだ。
なんなんだよ。調子狂うな。

「俺さぁ……人に嫌われんの、嫌いなんだよね」

少し切なそうな声音になって、吐き出されたその言葉に、銀の顔を見ようとしてしまった。
なんなんだろう、この感じ。なんか、銀の元気が無くなったように感じる。どうしてだろう。

風が強くなってきたのか、開いていた窓が音を立てて閉まった。
煙のニオイだけが馬車の中に篭っている。

「そんなの……誰だってそうだよ」

気がついたら銀の肩を軽く叩いていた。
私なりに、元気付けてあげたかったのかもしれない。元気が無い銀って変に感じた。短い付き合いだけど、違和感が生まれた。


〜つづく〜


九話目です。
あれ、もう十話に行きそうですね。
のんびり書いているのでなんだか変な感じです。