複雑・ファジー小説

Re: オワリがハジマリ 〜時渡り〜 ( No.1 )
日時: 2011/10/29 18:28
名前: 花影 ◆wNp4n0Oqx2 (ID: 3IH6VK8y)

序章「すべては突然から──」



小さく息を吸って空を見上げる。そこは普段と変わっていないようでいつもとは同じところがまったくない、雲達がしずかに流れていく。

彼女はもう一度小さく息を吸った。
そして。
そして、目の前を見据え視線を固定する。そこにはやはり、普段と同じ服を身に着けた、だけど同じじゃない彼女が写っている。

──いや、よく見れば服も初めて身に着けたときとは、もう、随分とくたびれてきていて彼女の体になじんでいる。
鏡の中で彼女は満足げにうなずくと部屋の外へ歩き出していった。


彼女はわくわくとした足取りで先ほどまで彼女がいた建物──士官学校生の寮──の玄関を通り抜ける。
今日は、彼女がずっと楽しみにしていた士官学校生の現地実技訓練の日だった。

現地実技の訓練は要は模擬戦形式で行われる。士官学校生をクラスごとに分け、その計5チームで森の中に隠れている対象を保護するのだ。
もちろん、使う武器も魔法も殺傷能力が低いものに限定されている。正確には、殺傷能力が低い魔法しか使えないように術式をかけられるのだ。




今にも鼻歌を歌いだしそうな勢いで、彼女はスキップしていく。
集合場所はそれほど遠くなかったため、すぐに彼女はついた。もう、ほとんどの人が集まっていて、彼女は多少居心地悪くも自分のクラスの場所へ移動する。

「あ、やっときたの?」

彼女の隣で、少年が不思議そうに尋ねてきた。少し苦笑を浮かべながら

「もう、寝坊したんでしょ?」

「なっ……ちがっ」

彼女が反論しようとすると、壇上に上がった軍人が説明を始めた。すこし不満げに前を向き直る。

「────以上。それでは君たちの健闘を祈るよ」

幸い、話はさほど長くなかった。ぴしりと生徒は礼をする。それは見事なまでに綺麗にそろっていた。


「それではこれから模擬戦を実施する。各クラス持ち場所に!」

礼が終われば、すぐに持ち場所へつくよう合図が通る。彼女はわくわくを抑えきれないような足取りで持ち場へついた。

       ●

彼女の配置は、保護対象の捜索だった。
彼女持ち前のすばやさで森の奥を駆け抜けるのだ。今回、保護対象は森の奥深くにいる。大人数で動いても意味が無いという考えからだった。

「んと、こっちシュナでーす」

通信術式を展開して彼女は配置についたことを伝える。
彼女──シュナはよいしょと、準備運動を一通り終わらせるともう一度指示を仰ぐ。

『こちらB1。シュナ、探索を開始してくれ』


「りょーかいっ」

小さく返事をして駆け出した。シュナは駆けながらも頭の中で対称の位置の情報を引っ張り出す。

(確か……私の位置からだと北か)
と、そこでまた通信が飛んできた。

『対象の位置はシュナから北西の可能性が在る。てことで、そっちからよろしく』

「はいはい」 

彼女は呆れたように指示を受け、スピードを落とさず方向を変える。

「集中したいから、あとは通信は飛ばさないでね」


そう、短く告げて彼女は通信を切った。そのままさらにスピードを上げる。
そろそろ対称がいるであろうエリアに入るはずだ。シュナは先ほどよりもしっかりと周りを確認する。その彼女の瞳にある洞窟が写った。

(あれ……?)

あんなとこに洞窟あったかなぁ、なんて思って一瞬スピードを落としてしまう。

いけないと思いつつ、もう一度洞窟を確認する刹那。

〔お願い!〕

頭の中に声が響く。多分これは術式による声だろう。その術式によるおとの震えは先ほどの洞窟から響いていた。

〔お願い……。助けて!!〕

先ほどよりも強く、強く声が響く。


〔早く……〕

その声は、今にも消えてなくなりそうなほど、小さく震えていた。

       ●

洞窟は思ったよりも暗く、深かった。
彼女は手元に光の玉を生み出し、歩き始める。しばらく歩くと突然空間が開けた。

「あっ」

絵本でしか見たことないような、紫のローブを纏った少女が少し驚いたように声を上げる。その驚いた表情はすぐに泣きそうな表情になり



「お願い!私たちを……、世界を助けて!」



その声は今までで一番凛と響いた。