複雑・ファジー小説

第1話「皇帝陛下が少女に召喚される」 ( No.1 )
日時: 2011/10/29 13:06
名前: 神村 ◆qtpXpI6DgM (ID: no9Kx/Fb)



第1話「皇帝陛下が少女に召喚される」


この物語の舞台の世界。それは別の次元からありとあらゆるものを引っ張り上げる技術、いわゆる召喚術が発達した世界である。

その世界で一番大きい国のゼガン王国王都レバノンの王立召喚専門学校。
校門の前にて……

「やーい!召喚術が使えない落ちこぼれー」

「そうそう!こいつ未だに召喚獣を召喚したことないんだぜ?」

わざわざ、目立つ所で一人の少女を数人の少年達がからかっている。いじめって奴である。

そのいじめられている茶髪の少女が涙目でいじめっこの少年達に、

「今に見てろ!絶対凄い召喚獣を召喚してやるのですよ!!」

全てはこの一言から始まった。





その頃……

別の世界のウェルネス帝国の宮殿内の皇帝の私室。

「ふー……やっと一息つける。まったく、いつになってもやる事は減らないな……」

そう呟き、立派な椅子に腰掛ける青年はこの国の皇帝陛下である。彼は一見、年若く見えるが本当の歳は百を越える。銀の髪に金緑の瞳をしていて少し尖った耳が特徴的だ。名はグラディス・W・ヴァレス・ウェルティというとても長い名前である。

「!?」

突如椅子の下に召喚陣が現れ、召喚陣がポッカリと口を開けた空間に変じた。いわば落とし穴だ。

「い゛!?」

グラディスが顔をひきつらせるがもう遅い。後は物理法則に従って落ちるだけだ。

「ちょっ!?」

反射的に彼が手を伸ばした先にあった物は皇家の家宝である神から賜った大剣だった。




伝説の大剣と共に皇帝陛下が落ちて行く。









「今ここに」

 月明かりが明るい夜、全てを優しい光にて照らしていた。しかしその光を拒絶するかのように森の奥にある孤立した屋敷の一階、右端にある部屋のカーテンが引かれている。部屋の中は5本のろうそくによってかろうじて光が保たれていた。

「精霊の御名において」

 五本のろうそくはお世辞にも上手とは言えない歪な召還陣の周りをぐるりと囲むように置かれている。その歪な召還陣の前に茶髪のショートカットの可愛らしい少女が座り込み、分厚い本を見ながら一生懸命に儀式の呪文を唱えている。

「我らが門を開き」

 これは召還術の儀式で、召還術の中では一番簡単な「下級精霊召還術」の儀式である。この世界の召還術の資質をもった子供は6歳で召還術の学校に行き、その後少なくても一ヶ月で何かしら召還できるようになる。

「決して交わる事なき道を交差させ」

 少女はもう七歳半ぐらいになるが未だに何も召還できずにいた。少女の通う王立召還学校は将来エリートになるような奴らが通う学校なので学校ではもっぱら「劣等生」扱いなのだ。

「決して逢えぬ我らが盟友(とも)を招きいれたまえ」

 さらに追い打ちをかけるように少女の唯一の肉親である叔母であるアリアという人は宮廷召還術師の最高峰である召還長なのである。宮廷召還術師ってだけでもエリート中のエリートなのだが、少女の叔母はさらにその上を行く全召還術師のトップとも言える存在なのである。

 叔母はそんな事を気にするような人ではなく、むしろ気さくないい人なのだが自分のせいで叔母の顔に泥を塗るような事は少女は良しとしなかった。

「わたしの名はマリア!わたしの声が聞こえたのならばわたしの前に来たれ!」

 この茶髪の少女はマリアといい、性格は内気で臆病、怒ると勝気になるという変わった少女である。

 マリアが呪文を唱え終わると召還陣は光り輝き、カッと効果音と共に煙が噴出した。それと同時にドサッという何かが落ちた音とガンッという金属音が聞こえた。

「(おっ?これは成功なのです?)」

 とりあえず何かが召還された事にマリアは安堵の息を吐いた。そしてそろりと召還された何かに近づく。

「いってー……。何だ?ここは?」

 男の人の声がマリアの耳に届く。しかし、残念ながらマリアに意味までは届いてない。二人の言語が異なっているのだ。世界というよりは国が違うことによる言語の違いである。それよりもマリアは初めての召還にパニックになっていてワタワタと意味のない動きで動揺を表していた。

「今ここに盟友の絆を結ばん!」
 ハッと正気に戻ったマリアは召還術の契約の言葉を言った。そもそも召還とは両者の合意の下で成立するのだ。

「は?なにそれ?」

 あれ?聞こえてない?

「今!こ・こ・に・め・い・ゆ・う・の・き・ず・な・を・む・す・ば・ん!」

「いまここにめいゆうのきずなをむすばん?」

 と召還された青年、もとい皇帝陛下。怪訝な顔をしながら異国語をスラスラと繰り返す事が出来る辺りが流石だ。もっとも、意味はわかっていないっぽいが。

 とその時、グラディスの胸の辺りがパァッと光ったと同時に自分の体が脈打つのを感じた。

「っ……!?」

 小さいうめき声をもらしグラディスは光っている己の胸を掻き毟るように掴んだ。その顔は苦しみに歪み、そしてその場に片膝をつきそのまま崩れ落ちた。

 ドサリという音が静かな部屋に響いた。

「え?えええぇ!???だ、大丈夫ですか?」

 呆然としていたマリアはその音で意識が現実に舞い戻り、大いに慌てた。「ええ?聞いてないよー。叔母さん!」とマリアの情けない声が部屋に空しく響いた。