複雑・ファジー小説

第6話「学校へ行く準備」 ( No.14 )
日時: 2011/11/20 14:55
名前: 神村 ◆qtpXpI6DgM (ID: no9Kx/Fb)

こうーしーん!






第6話「学校へ行く準備」




   家族だとマリアは言った。

   そしてその言葉通り私に歩み寄り家族のように振舞っている。

   私がどれほど無表情に接してもにこにこと笑顔で。

   ああ、温かいなと私でも思ってしまうほど、

   マリアの隣は居心地が良かった。

   家族。たった一言のその言葉。

   私にはそれで充分過ぎるほど

   温かな言葉だ。










「ねぇ、グラスさん。聞いていい?」

「ん?なんだ?」

「グラスさんの種族ってなに?」

「は?」

 翌日、朝食を済ませマリアの叔母の書斎から借りた本を読んでいるとマリアから突拍子もない質問がとんできた。

「だから種族だよ、グラスさん。学校にこの紙を出さないといけないんだから」

「何故?」

「なぜって出さないと一緒に学校行けないでしょ?」

「学校?どこの?」

「王立召喚専門学校」

「ほう……。あの世界一優れた召喚学校か。確か王都レバノンにあるのだったな」

「うん!すごいすごい!グラスさんよく知ってるね!」

「ん?ああまあな。それよりも種族だったか。『人型』とでも書いておけ」

「ひたがた?」

「そう。召喚獣の大きい分類の一つ。その姿が人に似通っている事が条件。私はそれに当てはまるだろう?」

 グラスが本を読みながら適当に説明すると、

「おおっ!そうですね!」

「あぁ。というか私も行くのか?学校へ」

「もちろんです!学校へ書類を出せばグラスさんも学校に行けるんです!」

 えへへ、すごいでしょう?と満面の笑顔で語るマリアの様子にグラスはガックリと脱力した。この子に何を言っても無駄な気がする。あくまで直感の話だが。

「うーむ……。この格好で行くのか……」

 いくらなんでもいかにも偉い人です。と分かる装飾が目立つ金の刺繍が綺麗な法衣を着てノコノコと学校に行くのは常識としてどうだろうか。この法衣はこの時代の皇帝が着ている訳ではない。この時代は格式とか面倒臭いものが尊重され、これの何倍も豪華な「それ走れないよね?」という動きづらい法衣を着ている。が、しかし。

「?グラスさん、行かないの?」

 マリアの純真無垢な瞳にグラスはたじろぎ、

「う゛。しかし私はこの様に変装して行かねばならぬからな……」

 そう言って法衣の袖から仮面を取り出し被る。その仮面は顔の上半分をスッポリ覆うデザインでシンプルな物だった。白色のその仮面はなんか何とか座の怪人とかが被っていそうなデザインだった。しかしその仮面は本来あるべき目の穴がなかった。視界が真っ暗になるものだ。

「え?そんなものをかぶる必要あるんですか?」

「ある」

 何故ならば、“銀髪に金緑の瞳”を持つ人物は世界中を探しても皇帝の皇位継承者しか居ないのだから。それにこの時代からグラスの容姿に変わりない。もしこの時代のグラスを知っている人物がマリアの通う学校にいたら本人だと気づかれるだろう。何せ有名人なのだから、可能性はゼロじゃない。

 とは流石にマリアに言えなかった。

「ほら、だって私はこんなに綺麗だろう?注目されても困るからな」

 しまった、テンパり過ぎるだろう!自分ッとグラスは直後に自己嫌悪に陥った。

「おおっ!そうですね!!グラスさん綺麗だもんね!」

 マリアがグッと右手で握り拳に親指を突きたて前に突き出した。そしてとてもいい笑顔を浮かべて。悪意無き笑顔が心を激しく抉る事もある事をグラスはこの年で身にしみて実感したのだった。








「そう言えば学校とはどんな感じだ?」

「へ?どんなって……。グラスさん、学校行った事ないの?」

「あぁ。ないぞ」

 とグラスは断言しマリアは目を見開く。

「と言っても、ちゃんと家庭教師という形で学問は学んだがな……」

「あぁ!なんだぁ。もう、びっくりしちゃったよ、グラスさん」

「しかし、私は学び舎と呼ばれる所に足を踏み入れた事はないぞ」

「……どんな生活をしてたら」

 そんな事態になるの?と言いそうになってマリアはハッと口をつぐむ。もしかしたら彼は元の世界で特別な環境下で生きてきたのではないか。それもつらい環境で。

「言っておくが、私はそんなに辛い幼少時代を過ごしたわけではないぞ」

「え?」

 マリアの悲しそうな顔を見て察したグラスは苦い顔をした。

「ただ、学校という所はどういう所なのか。気になってな」

「グラスさん……」

「ま。なんにせよ、行けばわかるか」

 淡い淡い微笑を浮かべグラスはマリアが手に持っている書類に手にとり、

「貸すがいい。私が書いておこう」

「え?グラスさん、ゼガン語書けるんですか?」

「ああ。もう随分書いていなかったがな」

 グラスは本当に懐かしいと言いながら一枚の書類に文字をつづる。苦笑を浮かべながら。マリアの目には不思議と複雑そうに見えた。きっと彼が大人だからだと思った。