複雑・ファジー小説
- 第7話「侍魂来たる」 ( No.15 )
- 日時: 2011/11/28 18:17
- 名前: 神村 ◆qtpXpI6DgM (ID: no9Kx/Fb)
更新日がずれこんで申し訳ない……。有言実行なんて言葉が遠く見えますね反省しますorz
第7話「侍魂来たる」
命を懸けるのはただあのお方の命令のみ。
この刀はそれを実現させる為の拙者の魂。
だからこそ、あの方の命令に背く結果になったその時は
魂であるこの刀でこの腹を掻っ捌くと決めているのだ。
「首を貰うぞぉおおおお!!!!」
物凄い大音量のその声は鬼気迫る殺気で満ちており、バース家の屋敷をも震わせる威力を持っていた。鬼の形相をした侍の男は刀を振りかざす。
のんびりと休暇を過ごす内に日は暮れる。黄昏と呼ばれるある種の感傷に浸らせるその時間帯にその声は響いたのである。
その声を向けられたのはグラスだ。グラスはその殺気をものともせずに受け流し、読書に再び意識を向ける。目の穴のない白の仮面を被って見えているのかは謎だが。
何故こんなことになったのか。簡単に言ってしまえば、屋敷の鍵を開けて入ってきた侍の男はマリアを探していたらしく、グラスは運悪くバッタリと鉢合わせてしまったのだ。しかも読書中に。ちなみに入ってきたというよりは帰ってきたという表現が似合うかもしれない。その男はこの屋敷の鍵を持っていたのだから。
そして鉢合わせてしまった時の会話が、
「な、なんだ!?この怪しげな仮面を被った男は!?」
「ああ、居候させてもらっている者だ。よろしく」
「誠意が感じられぬ!もう少し誠意を込めて挨拶するがよろしかろう。仮にもここはアリア様の家なのだからな!!貴様の様な何処の馬の骨とも分からぬ輩がおる場所ではないわ!!」
「そういうお前はどうなのだ?出会ってそうそうこの様な……。少々無礼なのでは?」
熱弁する侍と淡々と語るグラス。両者の温度差はどんどん広がるばかりだ。しかも侍が熱弁を振るうほどグラスの瞳は冷たくなっていく。
「む。それもそうか。拙者はしののめと申す。アリア様よりマリア殿の世話を申し付かり世話をしていた者だ。して、貴殿は何者だ?」
「私の名はグラス。マリアに召喚され契約を結んだ。以上だ」
「なっ!?ならば、貴殿はマリア殿に仕えているというのか?」
目を見開き、侍改めしののめはよろめく。まるで人生の中で一番衝撃的な事を聞いた事みたいな驚きっぷりだ。
「ああ、一応な」
「な……なんということだ」
グラスが投げやり気味に答えるとしののめはぐらりと立ち眩みを起こし、
「ならば」
刀に手をかけて、
「首を貰うぞぉおおおお!!!!」
と叫び、刀を抜刀し振りかざす。そして冒頭の叫びの後に戻るわけである。
グラスはそれを読書しながら聞き流したが、叫びが屋敷を震わせるほどの大音量だった為苛立ちを覚えた。
「ほう……。やってみよ。もっとも、出来ればの話だが」
「ッ!?」
ぶわっとグラスの周りから鋭く重い空気が溢れたようにしののめには思えた。そう、これはまるで、威圧感。従わずにはいられない程の重み。本能が叫ぶ、コイツは危険だと。 しののめは久方ぶりに戦慄を覚える瞬間に出会い、高揚感を抱いた。武者震いとはこの事をいうのだ。自分の本性である「鬼」が顔を出しそうになる。戦いたい。
「ふ……。面白い」
刀を鞘に収め、身を低く屈め抜刀する構えになり、目つきが鋭くなる。その目つきはまさしく武士と呼ばれる戦いに生きる者の目つきだ。
グラスとしののめに刃のような鋭い緊張感が走る。しののめの目つきは戦う者が持つ炎が宿るものだが対照的にグラスは凍てつく氷の瞳で睨む。
「一閃!」
「甘いッ」
勝負は一瞬でついた。しののめがグラスの首めがけて抜刀する。その刹那の動きにグラスは手に持っていた本で刀の腹に払い、刀を弾く。その間僅か二秒もない時間での出来事だ。もしこの場に第三者がいたならこの神業的光景に息を呑んだことだろう。
「…………」
しののめは弾かれた刀を持つ手を震わせながら沈黙する。まさか一撃必殺を誇る抜刀が厚さ7〜8センチぐらいの本で防がれるとは思わなかった。しかもその本は傷一つない無傷だ。しののめはかつてないほどの屈辱に震えた。
「…………す」
「?」
体を戦慄《わなな》かせぽつりと呟くしののめにグラスは訝しげに目を細める。
「切腹いたすぅうううう!!」
「はぁ!?」
沈黙したかと思えばいきなり叫び、しののめは腰に差していた鞘を抜き取りその場に正座する。いきなり過ぎるその行動に流石のグラスも驚いた。
鞘に刀を収め正座する場所の脇に置き、しののめは瞑想する。そしてカッと目を見開き無言で刀を抜き、自分の腹部に添える。
やばい奴は本気だ、しののめの決意の眼差しを見たグラスは思った。何が奴をそうさせるかは理解に苦しむが、こんな所で切腹しようとする切腹侍を止めなくては。
「場所を選べ!馬鹿者がッ」
グラスは渾身のツッコミをしののめに放った。手に持っていた本の角でしののめの後頭部を殴打する。手加減なしの一撃だ。第三者がこの場にいたなら、ツッコミ所が違うだろうとツッコミをするだろう内容だが。
凶器と化した本の一撃にしののめは苦しげなうめきを漏らしバタリと倒れた。
「決まった……」
グラスはどこか誇らしげに呟き、とりあえずマリアを探しに部屋を出た。床に突っ伏し屍と化す切腹侍を放置して。