複雑・ファジー小説

第2話「初対面には自己紹介を」 ( No.3 )
日時: 2011/10/27 18:42
名前: 神村 ◆qtpXpI6DgM (ID: no9Kx/Fb)

更新。



第2話「初対面には自己紹介を」


 ——誰かが言った。


  「この世は所詮神の手のひらの上に成り立っている。
故に我らは神より賜った運命にただ身を委ねていればいいのだ」


 正直、愚かではないかと嘲笑った。操り人形じゃあるまいしと。





 はてどうしようか。召還された部屋でグラディスは悩んでいた。

「起きたはいいが場所は分からんし。召還されたっぽいけど、胸にある契約印は何でか不完全だし……。そして何より」

 ぶつぶつ言っていたグラディスはチラリと隣りを見る。

「…なんでこの私を召還した者がのん気によだれを垂らして寝ている小娘なんだッ!?」

 グラディスに寄り添うように共に毛布を被り幸せそうに丸くなって寝ている少女。その口元にはよだれが垂れており、更にその手にはしっかりとグラディスの法衣が握られていた。

 その悪意なぞ欠片も感じられない様子にすっかり毒気を抜かれがっくりと肩を落とした。悪意がないなんて彼には久しぶりのことだった。

「はぁ……今更何を言っても仕方ないか。しかしどうしようか。」

(この場合、私が誤って契約の合意をしてしまってこんな状況になったんだな。召還の契約には「両者の合意」が絶対必要。これは、心なしのいわば口約束でも“契約”としてのカウントが入る。といっても「仮契約以上契約未満」と言う何とも奇妙な契約としてだが。私は皇帝だ。いつまでもここにいる訳にはいかない。だとすれば契約を破棄するしかないが……)

 そこまで考えてグラディスはため息を吐いた。

「……無理だな。召還者が死ねば元の世界に帰れるが……無意味な殺生はもってのほか。かと言って召還陣の破壊はもう召還陣が契約印になってしまって場所的に無理。となれば……やはり最後の選択肢しかないか……」

 はぁ……と最後に重いため息を吐いてグラディスは周りを見渡した。

 自分の法衣とは言葉だけの豪華な装飾の付いた金の刺繍が綺麗な白の法衣とこの物置部屋と言っても差し支えない部屋とのギャップに自嘲の笑みを浮かべた。










 「召還獣はその名とは裏腹に家族だと思う。下手したら肉親よりもその絆は深くなる時もあるんだよ。だからマリア、もし召還したらその絆を大切にするんだよ。世界で一番の理解者となりえる存在なのだから」


 この言葉を言ったのはこの国の召還長である大好きな叔母だった。

 召還獣とは召還された者の総称だ。人の姿をしていようとも「召還獣」と呼ばれている。これは最初に召還された生物が獣の姿をしていた事からそう呼ばれている。






「んー。よくねたぁー」

「おう、起きたか」

「へ?しゃ、しゃべってます!?」

「そりゃ、契約したからな。当然言語ぐらい共有されるだろう。元来、召還術とは異世界の知識の共有を目的として開発された技術なのだからな。まぁそんなことはどうでもいい。ここは」

「そんなことはどうでもいいのです!まずは自己紹介をするべきですよ!?」

「え?自己紹介?」

「はい!わたしはマリアと言います!マリア・バースですっ!」

「お、おぉ。そうだな。私はグラディス・W・ヴァレス・ウェルティという者だ」

「な長いなまえですねぇ」

「好きに呼んでいいぞ。別に」

「え?じゃあ……グラディスさんじゃ舌噛みそうですし、グラスさんでどうでしょう?」

「え?えぇ?そんな略され方なのか?」

 とても複雑そうな表情を浮かべる皇帝、もといグラスさん。

「はい!愛称というやつですよ!」

 マリアはとても嬉しそうな笑顔を浮べて元気よく言った。

 グラスはまたしても脱力しがっくりと肩を落とした。なんだこの悪意が欠片もない生き物。

「で?ここはどこだ?」

「へ?どこって……ゼガン王国の西の端にある通称“黒の森”の中にある一軒家ですよ……?」

「は?ぜ、ゼガン王国だと……ッ!?お、おい!今は王国暦何年だ?」

 ガッとグラディスはマリアの両腕を強く掴んだ。ゼガン王国はグラディスの国、ウェルネス帝国と昔敵対していた国だ。ちなみに戦争した事もある。グラディスが元いた時から丁度九十九年前だ。

「ぐグラスさん、痛いのです……」

「す、すまない。つい驚いてな。で、教えてくれないか?」

 少し掴む力は緩んだもののグラスの表情は少し強張ったままだ。

「896年ですけど……?」

「ということは丁度百年前ということか……?まぁいずれにしても今すぐに帰ることは出来ないから仕方ないがな……」

 ぶつぶつと独り言を呟いて一人頷き、マリアと向き合って、

「まぁよろしく、契約者殿」

「あはい!こちらこそよろしくです!!」

 淡く微笑み握手した。マリアの満面の笑みにこそばゆさを感じながら。

「とりあえずとっても眠い。ねる」

「はい?」

 ぼすっという音をたてマリアと一緒に毛布に埋もれた。