複雑・ファジー小説

Re: 六花は雪とともに【参照400突破感謝会更新!】 ( No.100 )
日時: 2011/12/18 20:12
名前: 火矢 八重 (ID: sq.MYJuj)

第七章 沢山のカケラ その弐

 どうして、ここまですれ違ってしまったのだろうと白龍は思う。
 妹は、とても『いいこ』だった。大人のいう事は良く聞いたし、何かを頼めばちゃんと応えてくれた。
 そこまで『良く出来た子』では無かったけれど、素直で純粋な子だった。
 なのに、妹は今日、義理の兄である自分に、反発した。あんな風に反発されるのは初めてだった。


(……あの子は、ダメになっている)


 妖として、貴族としてダメになっている。このままでは、妹はどんなモノにも染まらず、さ迷う事になる。


(全ては人間のせいだ。雪乃を惑わした人間のせいだ。人間のせいで雪乃があんなにダメになってしまったんだ。憎らしい人間どもめ薄汚い人間どもめ愚かな人間どもめ人間どもめ人間どもめ潰してやる潰してやる潰してやる潰してやる潰してやる……)


 怒り狂った龍が向かう先は、小さな村だった。


                       ◆


『……してやる、……ぶしてやる』


 ふと、声が聞こえた。耳から聞こえる声ではなく、頭に直接響く音だ。
 ナデシコは目を覚まし、上半身を起こす。すると、もっとはっきりと声が聞こえた。


『潰してやるッ……! 潰してやるッ……!』


 憎しみと軽蔑がこもったような、そんな声が聞こえた。言葉はまるで自分に言われているようで、ナデシコはぞっとした。


(……『潰す』って、私を……ッ!?)


 思考がそこに辿り着いた時、ナデシコは恐怖に溺れた。足がすくみ、がたがたと体全体が震えてしまう。


「お、お兄ちゃん……ッ!!」

「ん……どうしたんだ?」


 絞ったような声で、ナデシコは必死に兄を起こした。兄は寝ぼけた声を出しながらも、起きたようだ。
 兄の声を聞いて、ナデシコは少し心が落ち着いた。その時だった。


「きゃああああああ!!」

「助けてくれェェェェェ!!」


 村人たちの叫び声が聞こえ、何かが壊れるような音がした。それとほぼ同時に、藁で出来た屋根が、まるで竜巻に巻き込まれたように空へ舞った。


「……何が、起こっているんだッ……!?」


 杏羅は呆然としたように言った。
 沢山の物が壊れ、風が吹く。土埃が目に入って痛かったが、非力なナデシコと杏羅には瞼を閉じることすら出来ない。
 その目に映ったのは、大きく、白銀に輝く龍だった。


「り、りゅ、う……?」


 ナデシコはほぼ放心状態だ。寒気が一気に体を走り、ガチガチと奥歯が震え、逃げることも隠れることも出来ない。
 龍は瞳を真っ赤に染め、龍を中心に竜巻はふいていた。白銀の鱗が、もうすぐ明け方の日を反射していた。
途端、屋根の破片が、ナデシコめがけて落ちていく。


「ナデシコッ!!」


 杏羅が叫んだが、今のナデシコにかわすことは不可能だ。
 目を閉じることもできず、ナデシコは覚悟した。体は動くことすらままならないのに、何故か落ちてくる破片が、ゆっくりと遅く感じた。
その時、パリパリパリッ……と、いきなり氷の柱が出来た。


「こ……お……り?」


 ナデシコはかすれた声で呟いた。その氷の柱はやがて、破片に向かった。やがて破片が凍り、ナデシコに落ちてはこなかった。ピタリ、とまるでそこだけ時が止まったように、固まったのだ。


「ナデシコ、無事かッ!?」


 我に返った杏羅が、ナデシコの元へ走る。震えているナデシコを安心させるため、小さな頭を撫でた。
 大丈夫だ、と声をかけながら、杏羅は空を見上げた。日が昇り、周りが良く見えるようになる。龍はうねりながら、泳ぐように空を舞う。だが、だんだんと動きがゆるくなり、やがて動きを止めた。

Re: 六花は雪とともに【参照400突破感謝会更新!】 ( No.101 )
日時: 2011/12/18 20:14
名前: 火矢 八重 (ID: sq.MYJuj)

 龍は地面に降り、途端青年の姿に変化した。その隣に、少女が立っていた。


「ゆき……の?」


 ナデシコの小さな声が、杏羅の耳に響いた。信じられない、というナデシコの想いが込められているかのようだった。
 その少女は——疑う余地も無い、友人の雪乃だった。




 白龍と雪乃は睨みあっていた。
 白龍が龍の姿から青年の姿になったのは、雪乃が『妖力封じ』を行ったからである。『妖力封じ』とは、名前の通り相手の妖力を封じ込める技である。白龍は神格だ。雪乃には封じ込めることは出来ないが、一時期で、力の七割なら封じるようになった。
 人間の姿で睨みあう。どちらも引く様子は、無い。


「……成長したな、雪乃。私をここまで追い込むとは」

「ありがとうございます、お義兄様」


 そっけなく答える雪乃。


「……そんな立派な資質を持つのに、何故人間なんぞに心奪われる。お前は妖なんだぞ。人間のふりをしたって、妖なんだぞ!?」

「……」

「え……?」


 白龍の荒げた声に答えたのは、雪乃ではなくナデシコだった。


                             ◆


(ゆき……の……が、妖?)

(雪乃は、あの暴れ龍の……妹?)

(じゃああの氷は……雪乃?)


 ナデシコの頭の中は、ぐるぐると混乱する。それと同時に、怒りが込み上げてきた。


「なんで……何で? 何で妖が私たちと一緒に居たの?」


 怒り任せにポツリポツリと言葉が出てくる。何故か涙がこみ上げ、怒りのあまり肩が震えた。


「……嘲笑っていたの? ざあまみろって」

「そんなんじゃ、」

「私はッ!! 信じていたのに!!」


 雪乃の言葉を、ナデシコの怒りの言葉が遮った。

「雪乃なんか、大っ嫌いだ!!」

 その言葉を聞いた時、雪乃の頬から一粒の涙が零れた。

(やっぱり嫌われた)

 判っていたはずなのに、雪乃からは涙が零れ落ち続けて。
 頭が真っ白になって、雪乃は走り出した。