複雑・ファジー小説

Re: 六花は雪とともに【参照600突破感謝会更新!!】 ( No.145 )
日時: 2011/12/18 20:25
名前: 火矢 八重 (ID: sq.MYJuj)

番外編その参 流るるままに


「白龍義兄様、それはこっちに置いて下さい」

「了解」

「月乃は餅を、花乃はそこを整理して——」

「「了解——」」


 雪乃たちは家の掃除と準備をしていた。自然と手を動かし、あっという間に整理していく。
もうすぐ、新しい年が始まるのだ。
来年は結構賑やかな年を迎えそうだなあ、と雪乃はひそかに想う。今年の正月は、皆それぞれ忙しくて中々集まれなかったのだ。
けれど、来年は違う。身内が義理の兄だけとは言え、ナデシコや杏羅、芙蓉が居る。今から考えると、胸が躍るようだった。


「気合い入れてんな——」

「まあね。あ、今からちょっと市へ買って来るよ」

「ん? 何か足りないものがあったか?」

「来年はこの村全員で迎えたいからね。お金持ちである私が沢山買ってこないと!」


 そう白龍に伝え雪乃は出ようとすると、白龍が「俺も行く」と答えた。


「そんなに沢山買うなら男手も必要だろ?」


 こうして、白龍も市へ出かけることになった。


                           ◆


 市はもうすぐ正月なのかとても賑わっている。雪乃と白龍は一通り色んなものを揃えた。


「後は、何だろ……」

「餅は俺が作るぞ?」

「いや、それはもう十五回ぐらい聞いてるから」


 隣で餅のことしか話さない白龍に、雪乃はため息をついた。


(……義兄様って、こんな性格だったっけ?)


 だんだんと山で暮らしていた白龍の印象が変わっていく。
 昔は意地悪で、からかって、人間の事を軽蔑していた義理の兄。でも、今は——。


(……そうか、時が経てば変わっていくんだな)


 ふと、そう悟った。白龍の方へ視線を向ける。
 良いか悪いかは関係なく、人でも妖でも時が流れれば変わっていくんだ——。


「……ん? 何だ、雪乃?」


 白龍が聞いたが、雪乃は笑って何でもない、とはぐらかした。


「それよりも義兄様、最後にもち米買うから持ってよ」
「お、良し判った」

 ふわふわと、六花が落ちる。ほんわかとした空気が、兄妹の間で流れていた。




「義兄様、大丈夫?」

「そんなに重くはない」


 白龍は張り切って三俵抱えていた。あまりの大きさに雪乃は心配したが、本人はいたってケロッとしている。妖なのだから、それぐらい普通に抱えられるだろう。
 だが、雪乃が心配しているのはそこではなかった。白龍の傍に、女の子が居たからだ。
 女の子はそのまま俵に頭をぶつけ、思いっきり倒れた。


「ッ〜〜!!」


 声にならない叫び声をあげる。その時、白龍は驚いて俵を落としてしまった。
 重たい俵は、もう一度女の子の頭に直撃する。


「痛ったああああああああああああああああああああああ!!」

「うわああああ、スマン!!」

「……何やっているの、二人とも」


 傍観者である雪乃はポツリと言った。


Re: 六花は雪とともに【参照600突破感謝会更新!!】 ( No.146 )
日時: 2011/12/18 20:27
名前: 火矢 八重 (ID: sq.MYJuj)

                        ◆


「す、スマンホントに……」

「ゴメンね、ユウちゃん。義兄様もわざとじゃないから赦してやって」


 ここは雪乃の家。一通り怪我の処置を杏羅の家で行い、雪乃の家で謝罪会をしていた所だ。
 白龍の必死の謝りに、女の子——夕顔ことユウちゃんはからりと笑って言う。


「オレも周りを見ていなかったし、お互い様です」


 そう言う夕顔に、雪乃と白龍はホッとした。

この少女は雪乃とは面識があった。夕顔は村では『ユウちゃん』と呼ばれている。呼び方が男の子っぽい、と思う人もいるだろう。
 何故ならば、彼女は体は女でも、心は男なのである。理屈は雪乃には判らないが、彼女がそう言うのだからそうなのであろう。それだけを受け入れているのである。
 勿論、彼女を受け入れない村人も居る。「変だ」「おかしい」と蔑むものたちも居る。夕顔の両親もそうだったようで、小さかった夕顔を捨ててしまったらしい。
けれど、夕顔は細かいことを気にしないおおらかな性格だった為、病むことはなかった。
 その姿を、雪乃は素直に凄いと思った。自分の存在を疑わず、周りに押しつぶされずありのままの自分で居るのは、とても大変で辛いことだと身を持って知っているからだ。それなのに、何時も笑顔を絶やさないこの少女は、例え神である帝にも敵わないと思った。


「そうだ、すっかり伝えるのを忘れていた!!」


 ポン、と手のひらを叩く。


「あのさ、オレまた両親と暮らすことにしたんだ」

「へえ〜……え!?」


 話の流れに思わず相槌をうった雪乃だが、すぐに聞き返す。
 夕顔はからりと笑って言った。


「いや、家にわざわざ来てくれて、どうやらはるばるオレを探してくれたみたいなんだ。で、また一緒に暮さないかって言われたもんだから、了承した。正月が終わったら行くよ」

「……随分あっさりと決まったわね」


 雪乃が言うと夕顔はカラリと笑って、まあな、それがオレの取りえだから、と答える。


「……ユウちゃんが決めたならいいけど、いいの?」


 雪乃は心配そうに言った。夕顔とその両親が一緒に暮らすことは、実に喜ばしいことである。が、何せ一度は夕顔を捨てた両親なのだ。二度目が無いとは言い切れない。その時傷つくのは夕顔なのだ。
 夕顔は少し間を置き、乾いた声でいった。


「……最初さ、オレも憎んでいたよ。あんなの親じゃないって。
 でもさ……長いこと考えて、思ったんだよ。女なのに、男の行動して、一目見れば普通の子じゃなくて……世の中でどう見られるかなとか、そんな風に戸惑って、子供の事を真っすぐ見られなくなって……それはどれぐらい辛いか、身を持って知ったんだ」


 そう言うと、カラリとした笑みに戻り、明るく言った。


「人生短いんだし、もう一度仲直りしてみようと思うんだ。それに、オレは母親の腹から生まれたんだぜ? 嫌いになるわけないよ」


 その笑みに、思わず雪乃は吹き出してしまった。隣を見ると、白龍は腹を抱えて笑っている。


「な、何だよ!! せっかく人がいいこと言ってんのに!!」


 顔を真っ赤にして拳を振り上げる夕顔。


「ぶッ……そんな言葉、ユウちゃんには五十年早いよ!!」

「青臭ッ!! メッチャ青臭ッ!!」

「わ、笑うな——!!」


 夕顔の怒っている顔に、ああ、やっぱり時間が流れれば変わるんだなあと雪乃は想った。


Re: 六花は雪とともに【参照600突破感謝会更新!!】 ( No.147 )
日時: 2011/12/18 20:28
名前: 火矢 八重 (ID: sq.MYJuj)

                              ◆


 その日、雪乃は夢を見た。
それは、少年が幼女を抱きしめているところだった。幼女は夕顔だった。今の夕顔より幼く感じる。少年の顔は見えなかった。けれど、何処か寂しそうな顔をしていた。
 そして少年は——夕顔を抱きしめながら、影に飲み込まれていった。


「……い、おい雪乃!!」


 遠くから声が聞こえ、瞼を開けると白龍と精霊たちが覗きこんでいた。
 朝日が差し込み、少し賑やかな音を聞いて、朝なのだと気づく。


「義兄様……?」

「大丈夫か、随分うなされていたぞ」


 雪乃は上半身を起こすと、頬から涙が伝わった。ポツリ、と布団の上に落ちしみをつくる。


「あれ……? ホントだ」

「何か悪い夢でも見たのか?」


 白龍が心配な声でいうが、雪乃はふるふると首を横に振る。


「悪い夢というか……あれ?」

「どーしたの、雪乃——」


 月乃が聞くと、雪乃は不思議そうに答えた。


「私……あそこで寝ていたと思うのだけど」




 その次の日も、そのまた次の日も、雪乃たちが寝ている場所が変わっていた。はじっこで寝ていたはずなのに、起きると真ん中に居たり、逆の場合もあった。


「……私って、こんなに寝相が悪かったっけ?」


 心配しそうに雪乃が言うと、白龍は否定する。


「それは俺たちも変わっているから違うだろう。これは妖の仕業だ」

「妖……」

「微かに妖気が残っている。それに見ろ」


 白龍が指す所を視線で追うと、見慣れない足跡がポツリ、ポツリとあった。


「明らかにこれは人為的……もとい妖為的なモノだ」

「……一体、何のため?」


 雪乃が聞くと、白龍は判らん、と首を振る。


「だが、今日は徹夜で見張る必要がありそうだ。もしかしたら悪意のあるモノかもしれんからな」




 朝の事を思い出し、思わず雪乃はため息をついてしまう。


(普通におだやかに平和的に正月を迎えたいんだけどなあ)


 ひょっとしたらただのイタズラかもしれない。だが、悪意のある妖だと放ってはおけないだろう。それでも、のんびりとした正月を迎えたかった雪乃である。
 杏羅の家へ行き、用事を済ませ帰ろうとしたところ、夕顔にあった。雪乃の後ろから、ポンと肩を叩いて笑う。


「ゆーきの、何そんな暗い顔してるんだい? 良かったら聞くよ」




「へえ、怪奇現象ねえ。妖の家でもそうなるんだ」


 夕顔の家に立ち寄ることになり、そこで雪乃は今朝の話をした。
 ニコニコし、興味津津で聞く夕顔。余談だが雪乃が雪女であることを、村の人々は皆知っている。
 夕顔はその類の話が好きで、自身も相当な見鬼の才があった。


「全く、面白そうに聞かないでよ。ただでさえ不気味なのに」

「妖にも不気味って言葉あるんだ。……でも、オレの家でもそんなことがあったな」


 夕顔の思わぬ発言に、え、と聞き返す雪乃。


「……ちょっと昔の事だから忘れていることも多いけれど、聞くかい?」


 夕顔の言葉に、雪乃は首を縦に振った。


Re: 六花は雪とともに【参照600突破感謝会更新!!】 ( No.148 )
日時: 2011/12/18 20:29
名前: 火矢 八重 (ID: sq.MYJuj)

                          ◆


「……あれはオレが捨てられて間もないことだったと思う。捨てられた直後はとても悲しくて、その悲しい気分をどうすれば処理すればいいのか判らなかった。だから、良く盗みとかイタズラとか絶えなかったんだよ」


 当時、夕顔は何処にぶつければいいのか判らない感情を、他の人にあたった。その当時は何かがスカッとして気分が良かったらしいが、時間が経つにつれて、虚しさと後悔が積もっていった。


「……そこまで気づいているのに、オレは人を傷つけること止めなかった。思えば、随分人に甘えていたような気がする。そうすれば、助けてくれるかもって……。でも、オレに傷つけられた人たちは、オレを憎んでいた。思えばそうだった、自分の気持ちを伝えずに甘えるなんて、最低だよな。
 ……でも、そんな最低なオレでも、助けてくれたモノが居たんだ」


 それは、朝起きた時に、自分が寝ている場所が変わっていたことに気づいたことがきっかけだった。それが三日三晩続いたものだから、とうとう夕顔は徹夜で犯人を捕まえることにしたらしい。


「それでね、捕まえたのが何とオレよりちょっと大きい男の子だったんだ。それも、妖のな。
 ビックリして、『どうして移動させたんだ』って聞いたら、そいつ何て答えたと思う?『単なる暇つぶし』ってさ」


 妖はそれからも毎晩夕顔の家へ来た。夕顔も毎晩妖が来るまで起きていて、最初はただ居るだけだったのが、次第と親しげに話せるような関係になった。
 妖は夜にしか来れないようで、朝が来ると妖も夕顔もとても残念だった。もっと話したい、もっと相手を知りたい、そんな感情が芽生えた。


「……オレさ、何時も『心は男』って言うけど、恋をするまで男も女も無いと思うんだ。小さい時は男より女の方が腕っ節は強いし、かといって成人してから女が劣るわけでもない。男には男しか出来ない事があると思うし、女には女にしか出来ないことがあると思う。……順位なんて、つけなくていいんだよ。それぞれ出来ること出来ない事があるんだから、どっちが偉いとか、男だからこうしなければならない、女だからこうならなきゃいけないとか無いと思う。……少なくとも、幼い時にそんなの必要ないよ。でも私は、成人してからだって、それは言えることだとおもう。
 今だからそう思えるようになったけれど、昔はそう思わなかったんだね。自分は異端なんだ、自分は存在しちゃいけないんだ……そんな卑屈な考えが、オレを歪ませていったんだと思う。でも、あの妖にあえて、もうそんなことどうでもいいように思えた」


 自分を認めてくれる人がたった一人でも居た。自分を好きになってくれる人が居た。
 その人と居るだけで、人を傷つけているよりも更に楽しく感じた。笑いあうというのが、こんなにも楽しくて心を躍らせるものだと、生まれて初めて知ったのだ。


「……でも、ある日突然彼は来なくなった」


 はっとして雪乃が夕顔の顔を覗いた。
 夕顔は、一度も人前でしたことが無い——泣き顔だったのだ。


「……愛想が尽きたとか、最初は想った。でも、違うと思った。彼は、何か重たい事情を持っているんじゃないかって。根拠は何も無かったけれど、そうなんだと判った。
 判った時は……おかしいと思うけど、寂しくはなかった。でも、とても悲しかったんだ。
 言って欲しかった。オレが立ち直れたのは彼のお陰だ。だから救いたいと思った!! ……でも、オレに話しても何も変わらないと思ったんだろう。オレが力不足だと思ったから、彼は何も言わずに立ち去ったのだと思う。
 その日から、オレは一生懸命生きたいと思ったんだ。——後悔しないように、気持ちを伝えるように生きようと思ったんだ」


                              ◆


 夕顔の家を去り、雪乃は帰路に向かっていた。
 夕顔とは決して付き合いが長いわけではない。——だが、彼女の弱い部分を、初めて知った。


(……後悔しないように、か)


 だから彼女は両親の元に戻ることを決めたのだろうか。
 人はあっという間に時に流されてしまう。妖には瞬きのような感覚でも、人は既に遠くの存在になっているのだろう。妖の間でも、人の間でも、別れは必ず来るものだ。
 ——では、人と妖の間ではどうなのだろうか?


(ひょっとしたら、その妖はユウちゃんの傍に居ることが辛くなったのだろうか?)


 人は妖よりもっと儚い。そして、それは別れが来ればとても辛いだろう。——人には長い時間でも、妖にはあっという間なのだから。
 だから妖は自分から離れたのだろうか。——別れが来るのなら、自分から手放そうと。


(……でもそれは、ユウちゃんも妖もホントは望んでいたことではないはずだ)


 本当は、ずっと傍に居たい、変わらず傍に居たいと願っていたハズだ——。


Re: 六花は雪とともに【参照600突破感謝会更新!!】 ( No.149 )
日時: 2011/12/18 20:31
名前: 火矢 八重 (ID: sq.MYJuj)

                             ◆


 夜、雪乃たちは眠ったふりをしながら耳を研ぎ澄まし警戒していた。白龍は特に夜網を持っていた。その行動に、何故? という雪乃のツッコミがあったのは言うまでも無い。
 とにかく、雪乃は布団にもぐり、白龍は夜網を持って柱の陰に立ち、精霊たちは呑気に寝ていた。
 雪乃がうとうととしていると、ガタン、と物音がした。それに慌てて起きる雪乃。
 耳を澄ますと、ガタン、とまた物音がした。どうやら気のせいではないようだ。
 布団から身を起こすと、暗闇で良く見えないが——少年の顔が見えた。
 その途端、少年の顔から光る何かが落ちた。何かは、雪乃の頬にポタリ、と落ちた。
 その途端、雪乃の視界が瞬く間に光り出した。





 気づくと、雪乃の瞳に少年と幼い夕顔が居た。その時、これは少年の記憶なのだろうと悟る。


『憎い……憎い』


 そんな声が聞こえた。その主は、暗闇の中、手さぐりに歩く少年。


『憎い……俺を殺した、見捨てた、奴らが憎いッ……!!』


 少年はどろどろとしたモノを引きずりながら歩いていた。その様子に、雪乃は餓鬼だったのだと知る。
 餓鬼とは、飢えで死んでいった怨霊のことである。腹をすかせ、食べることにしか頭にない、憐れな妖。人であろうと妖であろうと関係なく、目の前にあれば食い殺していく。

 夕顔の家に行ったのも、夕顔を喰い殺そうとしたからであろう。
 けれど——夕顔を喰い殺すことはできなかった。同じ苦しみを持つものだったからだったのか、本当にただの気まぐれだったのか判らないが、食い殺さないでイタズラだけにすませた。
 けれど一晩で済ませることはしなくて。そして、それが夕顔にバレても、少年は夕顔の家へ訪れた。

何時しか、少年と夕顔の間では小さな恋心が芽生えたのかもしれない。
 けれど、そんな時間は少年の想いが終止符を打った。

——俺と一緒に居たら、きっと夕顔は『普通』では居られなくなる。俺の穢れが、きっと夕顔に移ってしまう。

 自分は餓鬼だということは消えなくて。自分が何時か理性を保てなくなって夕顔を殺してしまうかもしれない。もし、餓鬼で居られなくなったらきっと夕顔には会えなくなるだろう。どちらにしても、少年にとっては嫌だった。

 だから、離れたのだ。——それが例え、後悔するとしても。


                                ◆


 記憶の世界から現実の世界へ戻った時、雪乃の目の前には口があった。——どうやら寂しい時間が長すぎたようで、餓鬼そのモノになってしまったのだろう。
 変わりはてた少年は、雪乃を喰おうとしていた。


「雪乃!!」


 とっさに、白龍が夜網を投げた。それはちゃんと餓鬼にかぶさるようになる。
 だが、そんなもので動けない餓鬼ではない。夜網を引きちぎり、雪乃の家を出て行った。


「雪乃、平気か!!」


 白龍の声に、コクコクと頷く雪乃。


「アイツは餓鬼だな。今朝の妖気に邪気が薄かったから油断した。あれを放っておくと、村人たちが食い殺されるぞ!!」


 その言葉を合図に、雪乃は走り出した。白龍も一緒について行く。


(——絶対、殺させない)


 雪乃は夕顔の言葉を思い出した。——人を傷つけるということは、自分も傷つけることだと。
 夕顔がそれを体験したのだ。今彼を放置していれば——きっと、夕顔も彼も傷つく。
 それでは、彼を救えない。闇の中、一人でさ迷い続けることになる。


(一人なんて、させない)


 一人で居たから、夕顔は他人を傷つけ自分も傷つけた。
 一人で居たから、少年は他人を恨み自分も恨んだ。

 一人が好きな人もいるかもしれない。でも、一人で居たいなんて——絶対に耐えられることではないのだから。


Re: 六花は雪とともに【参照600突破感謝会更新!!】 ( No.150 )
日時: 2011/12/18 20:33
名前: 火矢 八重 (ID: sq.MYJuj)

                            ◆


 夕顔は、中々寝付けなかった。
 今日妖の話をしたからかも知れない、と夕顔は思った。
 あの話をするには、あまりにも辛かった。でも、話したいと思ったのだ。
 何故だかわからないが、雪乃に話せばまた会えるかもしれないと思ったからかもしれない。


(……そんなワケ、ないのに)

 いくら雪乃が妖だろうと、そんなことが出来るとは思わない。それに、あの妖は自分から去って行ったのだ。……妖と自分が会えば、辛くなるのは他ならぬ自分なのだ。
 でも——会いたい。


「会いたい、会いたいよッ……!!」


 自然と言葉に出た。自然と涙が零れた。
 ふたをしていた自分の気持ちが、抑えきれなくなりあふれだした。
 会いたい、会いたい。会える間に伝えれば良かった。そうすれば何かが変わっているかも知れなかった。
 でも、時はもう取り戻せない——。


 その時、ガタンと物音がした。ハッ、と上半身を起こす。
 耳を研ぎ澄まし、体を動かさないようにすると、またガタン。と物音が聞こえた。


(——気のせいじゃ、ない。居る、あの人が——!!)


 バッ、と家を飛び出した。月明かりに頼り、暗闇の中目を凝らす。



 だんだんと夜目に慣れてきて、姿が現れた。そして、耐えきれず駆けだした。

「……居た、ユウちゃん!!」

「雪乃!? 何でこんな真夜中に!?」


 だが、そこに居たのは友人である雪乃だった。
 雪乃はハアハア、と息を切らし、前かがみになりながら言う。


「そ、それよりも早く、ユウちゃん行って!!」

「え……」

「昔会ったっていう妖が、貴方を探しているの!! 会ってあげて!!」


 その言葉に、夕顔は少し顔を強張らせていった。


「何で、あの人と雪乃が知りあいなの? それに、オレには会う資格は……」

 夕顔の言葉を、擦れた声で雪乃が遮った。

「何時までそう意地を張っているのさ!! 何時まで一人でいようとするのさ!! どうせ、耐えきれないじゃない!! だったら、会いに行けばいいじゃない!!」


 その言葉に、顔に、夕顔は黙った。だが、雪乃もめげない。


「ユウちゃん!! さっさと会いに行きなさいよ!! アンタ言っていたじゃない!!
 自分の人生が短いから、後悔しないように生きて行こうって、言っていたじゃない!! 今また会いに行かなくちゃきっと後悔するよ!!」


 その言葉が終わらないうちに、夕顔は飛び出した。


                          ◆


 ——何時から、何もかも判らなくなったのだろう。
 あの時からだろうか、ある幼女にあってから。
 あの幼女と居る時間はとても楽しかった。嬉しかった。何よりも——自分の傷が、癒させているように感じた。
 ずっと傍に居たかった。ずっと傍で、笑いあって居たかった。

 けれど、俺は何もしてやれない役立たずだということを忘れていた。——俺が彼女に与えられるモノなど、何も無かった。
 俺は餓鬼だ。さ迷い続ける餓鬼だ。きっと、穢れた俺と居ると、彼女も穢れてしまう。

 ——そんなのは、嫌だ。

 そう思った時、一人で居ることを選んだ。一人で居れば、彼女を傷つけることはないのだから。
 けれど……弱い俺には、一人で耐えることはできなかった。理性が餓鬼に呑まれ、今もまた妖を喰おうとしていた。
 ……どうせもう寿命は短いだろうが。こうしている間にも、時間は流れて……俺は消え、地獄へ落ちるだろう。

 そう諦めていた。なのに。


「また、会えた!!」


 ——何故、君がここに居るんだ。


 俺の目の前に居るのは、一度も忘れたことのない彼女だった。
 あの時よりも大人びていて、綺麗な女子に育っていた。


「久しぶり!! オレだよ、夕顔だよ!!」


 ……オレと言っているのは、変わらないのか。そこだけは、変わっていないんだな。
 彼女はそう言って、俺に近づいた。そして、俺の体を抱きしめた。
 あれほど小さかった背丈は、今や俺の肩にまで届いていて——その時、時の流れがどれくらい経ったのか、そしてそれに対する寂しさがあった。
 ——触れると彼女にも穢れが移る。けれど、彼女の腕を振り放すことは出来なかった。


 その時、だんだんと理性が保てるようになった。そして、ふと悟る。


——俺は、夕顔に逢いたかったのだと。


 だんだんと自分の体が消えて行くのが感じた。闇に呑まれる感触ではなく、光と空気に溶けるような、そんな感覚。


「……行くの? もうすぐ」

 彼女の言葉に、ああ、と俺は答えた。


「……あのさ、オレ、君に伝えたかった事がある」



「「——傍に居てくれて、本当にありがとう」」


 
 彼女の声と、俺の声が重なった。彼女は微笑み、俺も微笑み返す。

 ——君も、そう思ってくれたんだね。

 そう思った時、俺は光に包まれる感覚に陥った——。


                         ◆


 正月が過ぎ、夕顔は両親の村へ向かう事になった。


「じゃあね、ユウちゃん」


 雪乃が言うと、夕顔がこくん、と頷く。


「あのさ。……雪乃、ありがとう。オレと、その妖さんを救ってくれて」

「へ? 私何もしていないよ?」
 
夕顔の思わぬ言葉に、思わず首をかしげる。
 実際、何も出来なかった。無事妖の少年が成仏したとはいえ、それは妖と夕顔の力なのである。あれだけ張り切っていた雪乃だが、実際は何も出来なくて落ち込んでいた。
 だが、夕顔は首を横に振る。


「ううん。……雪乃はオレを認めてくれた。うじうじしていたオレに喝を入れてくれた。それが全ての解決に進んだんだよ。雪乃が居なくちゃ、オレも心が晴れなかった。
 じゃあね、雪乃。お餅も美味しかった。また会おう」


 そう言って、夕顔は一人、山道へ向かった。




「ユウちゃん、何て言っていた?」


 白龍が尋ねると、雪乃が答えた。


「お餅、美味しかったって。後、何も出来なかったのにお礼言われた」

「……何も出来なかったってことはないんじゃないか?」

 白龍の言葉に、思わず雪乃は聞き返したが、何でもない、と白龍ははぐらかした。


 時が流れるのは早くて、悪くても良くても変わって行ってしまう。
 だから、今この幸せな時間を、一生懸命生きて行こうと雪乃は思った。