複雑・ファジー小説
- Re: 六花は雪とともに【参照800突破感謝会〜双六大会〜更新!!】 ( No.167 )
- 日時: 2011/12/11 22:23
- 名前: 火矢 八重 (ID: wVDXtEbh)
番外編その肆 六花とともに
「雪乃、これとこれお願いできるか?」
「了解です」
白龍義兄様がこの村に来てもう二月が経っていました。今日は杏羅さんに薬草の整理を頼まれて、今まさに手伝っている最中です。
杏羅さんの頼みに応えたのは、薬草の勉強ということもあるけれど、やっぱり杏羅さんと一緒に居たいと思うのもありました。しかも丁度良く、ナデシコは留守で文字通り二人っきりという状況です。
ふと、私の目に杏羅さんの横顔が見えました。杏羅さんの横顔は、決して凛々しいとは言えませんが、見ていると暖かくて、胸が高鳴って、ちょっと切なくなります。
あまりにも恥ずかしくて、杏羅さんを直視できません。
とても、とても嬉しいです。とても幸せな気分になります。
そして——彼に、ちょっとでも触れたくなります。
私は雪女です。人にちょっとでも触れれば溶けてしまいます。溶けてしまえば、私はこの世には居られなくなります。
それでも、触れたいんです。ちょっとでもいいから、触れたいんです。
例え消えてしまうとしても、杏羅さんに、触れたいんです——。
彼に初めて会ったのは、ナデシコが妖に襲われて危篤になった時。あの時は本当に慌しくて、彼の顔を見ることすらできませんでした。
二度目に会った時は、ナデシコを通じて。あまりにも鈍臭くて、時々彼の調子にいらつきました。
——けれど、彼はとても強かったのです。腕っ節が、ではなくて、彼の心が。
人も妖も言えること。それは、『良く解らないモノを怖がってしまう』という点。そんな人の恐怖で妖は産まれたわけだし、妖も解らないモノに恐怖を持って、避けて、偏見を持ってしまう。——私の義理の兄が、人に向けて、そうであったように。
けれど、杏羅さんは違いました。『良く解らない』力を持っているのに、明らかに人間の業じゃないことをしたのに、彼は私を受け入れてくれたのです。
自分の恐怖に打ち克って、私を認めてくれたのです。——だから私は、彼に惹かれていったのです。
白龍義兄様が村を襲って、私が妖と知った時も。自身も恐怖に襲われたハズなのに、私を疑わず、信じてくれました。——そして、自分に酷いことをした義兄様すらも、彼は赦してくれたのです。
受け入れ、信じ、赦す。それは誰もが簡単にできる訳ではありません。恐怖に打ち克ち、疑わず、憎まない。それはとても大変なことなのです。
そんなことをやってのけるから、私は彼に惹かれたのでしょう。彼の魅力に、取り憑かれたのでしょう。
——でも、言葉には出しません。杏羅さんには伝えません。
この想いは、伝えると壊れてしまいそうだからです。
私は雪女——彼は人間。
例え杏羅さんが私を認めてくれたって、この線を越えてはならないんです。
◆
薬草の整理が終わったのは、日が暮れた頃でした。あまりの多さに、結構クタクタになりました。
「——お、終わった……こんな時間まで付き合ってくれて、すまなかった」
「……いえ」
杏羅さんの謝罪に、私は返事をするのが少し遅れました。確かにあまりの仕事量に疲れ、終えた時は安心しました。——けれど、もう少し居たかったなあ、と寂しい想いの方が大きかったのです。
ちらほらと降る雪を見ながら、彼はぼやくようにいいました。
「……そういえば、今日だったなあ」
「え?」
「——大切な人が、死んだ日。幼馴染だったんだ」
それを聞いた時、私は寂しさに襲われました。良く解らないけれど、寂しかったのです。
けれど、私は素直にはなれなくて、思わず意地悪に聞いてみました。
「女の子だったんですか?」
「——そうだよ」
その言葉を聞いた時、私の頭は真っ白に染まりました。
杏羅さんは構わずに続けます。
「好きだった。幼かったけれど、とても、愛おしく思っていた。
でも、彼女は伝染病を持っていて——俺は彼女を怖がって、近づかないで居た。でも彼女は、俺の気持ちを解ってくれて、怖がって逃げた俺を赦してくれた。——……そして、彼女は独りで死んでいったんだ。
……俺はとても弱くて、恐怖に打ち克つことが出来なくて、彼女を見捨てたんだ。その罪は決して消えない。だから——医者にならなきゃいけないんだ。おんなじ風に、苦しんでいる人たちを救う。それが俺の罪滅ぼしなんだ」
そう言って、杏羅さんは俯きました。その表情はとても、悲しくて、辛くて、後悔を浮かべる顔でした。その顔が、儚い雪と一緒に映ったので、とても印象が強く、目を逸らしたいのに目を離すことができません。
私は堪え切れずに、泣きだしてしまいました。
「……雪乃、なんで泣くんだ?」
彼は私に、不思議そうな視線を送りました。
ああ、気づいていないんですね。
そんな想いが私の心に突き刺さりました。
これほど、手を伸ばせば届く距離に居るのに、貴方には届かないんですね。
「——貴方が好きなんです」
ポツリ、と言葉が涙と一緒にこぼれました。その言葉は、手のひらに落ちた雪のように、スウと消えてしまいました。
「とても、貴方が好きなんです。会った時から好きだったんです……」
それでも、私は続けました。
伝えずに居ようと思っていたのに、伝えてしまえば壊れてしまうと思ったのに。
零れる涙を抑えるために、自分の手のひらで顔を覆いました。
沈黙が流れました。六花がフワフワと落ちて行きます。
「——雪乃」
杏羅さんが先に口を開きました。
「——雪乃、俺と雪乃じゃ流れて行く時間が違う。雪乃にとってはあっという間でも、俺にとってはとてつもなく長い時間なんだ。その時、取り残されて悲しい想いをするのは、雪乃、お前だよ」
その言葉に、私はとても寂しく、悲しく、辛く感じました。
杏羅さんに言われなくても、解っていました。——妖と人は一緒にはなれない。ましてや、人に触れることが出来ない、私なんかに好意を寄せられても、杏羅さんには迷惑をかけてしまうだけです。
けれど——杏羅さんの言葉は、私が好き嫌いということではなく、「妖だから」としかとらえていません。
私だけを見てよ、とは言いません。でも、ちゃんと私を見てよ。
『妖』だけではない、私を見てよ。
遠くなる杏羅さんの背中を見送りながら、私は一人雪の中にいました。
六花は、静かに降っています……。
- Re: 六花は雪とともに【参照800突破感謝会〜双六大会〜更新!!】 ( No.168 )
- 日時: 2011/12/11 22:24
- 名前: 火矢 八重 (ID: wVDXtEbh)
◆
あれから、私は杏羅さんの家には行きませんでした。その代わり、芙蓉と一緒に居る時間が長くなりました。
芙蓉が時々、「最近来る回数多いな」と尋ねますが、「迷惑だった?」と答えると何も言い返してきません。「まあ別に構わないが……」と言葉を濁すだけです。
芙蓉は勘の鋭い子です。きっと、杏羅さんと私の間に何かあったのだと、気づいたのでしょう。
最初はその会話に触れませんでしたが、その状態が五日経ち、遂に聞いてきました。
「なあ、やっぱ杏羅と何かあったんだろう? 顔にかいてあるぞ」
「相談に乗るから、話せよ」と芙蓉に言われ、私は思わずあのことを話してしまいました。
話し終えると、芙蓉は考えるように顔をしかめ、言いました。
「そうか……まあ、杏羅の言い分は最もだよな。人と妖とは、時間が違う。辛い想いをするのは、雪乃だよな」
その言葉に、思わず私は俯きました。
やっぱり、そうなんだ、と。
貴方も、そんな風に考えるのか、と。
でも、と芙蓉は続けました。
「それって、人同士でも、妖同士でもいえることだよな」
その言葉に、私は顔をあげました。
「やっぱり、出会いがあれば別れもあって、別れる時辛かったり悲しかったりすると思う。でも、それを畏れるなんて、雪乃らしくないよ」
「でもッ——」
「例え、雪乃にとっては短くたって、幸せな時間ならそれでいいじゃないか」
その穏やかな顔に、言葉に、私ははっとしました。
何故、忘れていたのでしょう。これまで、ずっと想っていたことなのに。
川姫のことだって、猫又さんの時だって、ユウちゃんの時だって、出会い、知る度に想っていたことだったのに。
——別れの時でも、出会いを後悔するはずがない、と。
ずっと、想っていました。それをすっかり忘れていたのです。
これだけは、絶対に突き通すと思っていたことを。意地でも、一生突き通すと思ったことを。
「芙蓉……」
思わず零れた『名』に、芙蓉は笑って言ってくれました。
「頑張れよ、雪乃。貴様は、どんな苦境でも立ち向かっていったじゃないか。それを、自分の為に闘わなくてどうする」
その言葉に、私は少し遅れて頷きました。
声に、なりませんでした。
こんなに心配してくれるのに、確実に可能性を指してくれるのに、私はただいじけていました。
こんなにも励ましてくれるのに、私が闘わなくてどうするのだと。
◆
ちょっと前、私が杏羅さんにぼやいたことがあります。
『皆は、いいなあ……』
『何が?』
『だって、皆は花に例えられるじゃないですか。ナデシコは撫子、芙蓉は蓮に例えれる……でも私は、雪女だから、春が来る前に溶けてしまうし……例えれる花なんてないなあって』
私は、とても花に惹かれました。愛らしく、凛々しく咲き誇る花は、とても強く感じられるからです。
けれど、私は雪女なので春が来れば溶けてしまいます。だから、とても残念で。
すると、杏羅さんは笑いながら言ってくれました。
『あるじゃないか、例えれる花』
『え……?』
混乱する私に、杏羅さんは手を差し伸べ、六つの雪の結晶を見せてくれました。
『六花。君には、とてもしっくりくる花だよ』
◆
「杏羅さん!!」
芙蓉と別れ、私は一直線に杏羅さんの家へ向かいました。
けれど、生憎家は留守で、私は落胆しながら帰路へ向かいました。
そして、家に戻ると、家の前に杏羅さんが居たのです。
杏羅さんは私の姿に気づき、こう聞きました。
「——時間空いてるか?」
雪の中、私と杏羅さんは村から少し外れた所で居ました。ここは人気も少なく、妖も出ず、獣も出ないので、一人で居たい時にはもってこいの所です。
話題が何も無く、暫く沈黙が流れました。私は今さっき不思議に想った事を杏羅さんに尋ねました。
「……どうして、家へ?」
「……最近来なくなったから。雪乃、たまでもいいからウチに来てくれないか」
その言葉を聞いて、私は思わず舞いあがりそうになりました。その勢いに、私はさっき決意したことを杏羅さんに伝えます。
「杏羅さん、私は妖だけど、杏羅さんを好きになったことを後悔していません。それは、これからも後悔しません。
——それだったらいいですか? 杏羅さんに好かれなくても良いから、また隣で話していいですか?」
この言葉は、伝えたかったのです。この言葉が、伝えたかったのです。
他の言葉は届かなくたっていいから、この言葉だけは、杏羅さんには——……。
「……もしも」杏羅さんが口を開きました。
「もしも、俺が先に死んでしまっても。俺がいなくなっても。それが判っていても——居てくれると言うのか?」
その言葉に、私は強く頷きました。すると、杏羅さんは微笑んでくれたのです。
「——だったら、出来る限り、隣に居てくれるか? 俺も、出来る限り隣に居るから」
その言葉を聞いて、私は涙目で答えました。
そこには、ほんの少しの寂しさと、嬉しさがこみ上げてきました。
帰り道、雪を眺めながら、私は杏羅さんに話しました。
「——ちょっと前、杏羅さんは私を六花に例えてくれましたよね」
「え、いやだったか?」
不安そうになる杏羅さんに、私はクスクス、と声をもらしながら微笑みました。
「——逆ですよ。寧ろ、とっても嬉しかったんです」
もしかしたら、彼より私がこの世を去ってしまうかもしれない。杏羅さんが言った通り、杏羅さんが先に去ってしまうかもしれない。
それでも、この時間はちゃんと存在するから、私は『ここ』に『存在』するのです。
手袋から伝う手のひらのぬくもりがあるから、私はまだ笑っていられるんです。