複雑・ファジー小説

Re: 六花は雪とともに【アンケ実施中・参照1300突破感謝会更新】 ( No.240 )
日時: 2011/12/26 17:25
名前: 火矢 八重 ◆USIWdhRmqk (ID: geHdv8JL)

第十一章 明かされた生い立ち その弐

 雪乃はとある山の洞窟のような所を通っていた。
 王室からすぐ出て中庭がある。そこの、防空壕のような縦穴と、この山の洞窟は繋がっているのだ。


(昔、一緒に抜け出して遊んだよね……)


 フフ、と昔の想い出を思い出しながら進む雪乃。
 しかし、あることに気づいた。


(——あれ? 誰と一緒に?)


 雪乃は足を止めて考えた。
しかし、思い出せない。もやがかかったように、ぼんやりとしか思い出せないのだ。


(……というか私、一体何処から『抜け出そう』と……?)


 思いだそうとすればするほど、疑問が湧いてくる。
 しかし、立ち止まっている訳にはいかない。白龍の命が懸っているのだ。


(待ってて、お兄ちゃん……!!)


                          ◆


 帝の素顔と話を聞いて、白龍は驚いた。
 ただ、驚いた。
 ポカン、としている姿を見て、帝は「開いた口がふさがらない」とはこの事なんだなあと呑気に思っていた。


「じゃ、じゃあ、『死刑』っていうのは……」

「それは表。じゃないと、お前たちを捕まえることなど出来るわけ無かろう。仮に、私が『実は反逆者に話がある』何て言っても、お前たちは絶対逃げるだろ」

「ま、まあその通りですが……」


 言葉を濁す白龍。それに、と帝は続けた。


「こんな茶番はもう終わらせないといけない。……飾りである、帝など、終わらせなければならない」


 その言葉を聞いて、白龍は黙ってしまう。

——帝の覚悟を、知ってしまったからだ。
帝の意図を、決意を、白龍は全て彼の口から聞いてしまっている。
 だから、黙るしか他無かった。——不器用な白龍は、彼を傷つけないように、そんな方法しか取れなかった。

 しばらく、沈黙が続く。言いたいことを飲み込んでいる白龍は、何か他の話題を探そうとしているが、中々見つからない。
 沈黙があまりにも重すぎたので、帝が何か言おうとしたその時だった。
ガラガラガララァァァ!! と、凄い音がたった。


「うわああ!? 何だ」

「……中庭の方だな」


 慌てる白龍とは裏腹に、冷静な帝は大きな窓際から中庭に行く。
 広い中庭を見渡すと、松の木の下から、土で汚れた雪乃が這い上がっていた。


「痛たたたた……何この穴、滅茶苦茶狭いじゃない、まったく……」

「ゆ、雪乃!? どうやってここに……」


 王室の仲庭でも何時も通りぶつくさ文句を言っている雪乃の姿を見て、白龍は色んな意味で慌てる。
 白龍の声に、顔を上げ、その姿を確認して、驚く雪乃。


「お、お兄ちゃん!? 何で帝の元に!?」

「それはこっちの台詞だ!!!」

「わ、私はお兄ちゃんが強制終了所に居るんじゃないかって……」


 ワーワーギャーギャー騒いでいる兄妹。唯一加わっていない帝は、もはや空気になっていた。


「……なあ、話してもいいか?」


 遠慮がちに帝が言うと、雪乃は騒ぎを止めて、申し訳ありません、と頭を下げた。
 帝は穏やかな声で言った。——それは、雪乃にはどこか懐かしく思える声だった。


「……まさか、そこの穴から来るとはな。その穴は、私と、もう一人の継承者しか知らないのに……」


 その言葉に、え? と返す雪乃。
 帝はそっと、般若の仮面を取る。仮面を取ると、何処か笑いを堪えているような、帝の表情が見えた。

 素顔を見て、雪乃は呆然とした。

Re: 六花は雪とともに【アンケ実施中・参照1300突破感謝会更新】 ( No.241 )
日時: 2011/12/26 17:26
名前: 火矢 八重 ◆USIWdhRmqk (ID: geHdv8JL)


「わ……たし?」


 ただ、その言葉しか呟けない。
 前髪、瞳の色、白い肌、顔立ち……——全て、雪乃の顔を写したかのようだった。


「……ど、どうして帝の顔と私の顔が一緒なんですか!?」


 混乱した雪乃が聞くと、帝は堪え切れずに笑った。
 振り向くと、白龍も盛大に笑っている。


「ちょ、お兄ちゃん!? どーゆーことか説明してよ!!」


 顔を真っ赤にして雪乃が聞くと、白龍は「本当にお前は鈍いなあ」と言っている。
 ワケが判らず更に雪乃が顔をしかめると、帝は穏やかに笑って言った。


「——雪乃、私とお前は正真正銘の双子なんだよ」

「……は?」


 ますます混乱する雪乃。そこに、帝が部屋に入りなさい、といった。


「——あの日、何故身寄りのないお前を拾ったか聞きたいんだろう? 全て教えるから、はいりなさい。私はこの日を待っていたのだから」


 そう言われ、恐る恐る窓際から王室へ入る雪乃。三人は輪になるように座り、下に紫の座布団をひいた。


「……じゃあ、語ろうか。お前と、私の関係を——」


 そう言って、帝は語りだした。


                             ◆


「——今言った通り、私とお前は双子だ。同じ日に、同じ血を引いて生まれて来た。
 だが、双子だった為、物心がつく前に私とお前は引き離された。——姉弟で、権力争いを起こさない為だ。
 本来、双子の片方は忌子として産湯に浸かる前に絞殺される習慣だった。双子の弟である私が殺されるハズだったが——雪乃、お前は『女』だったから捨てられた。……『女』は、災いを持ってくるモノとして伝えられてきたから……。
 しかし、生まれてすぐに殺されなかったのは、とある人物が必死に止めたからだ。——それが、白龍、そして雪乃の義理の祖父」

「おじい様が……」


 雪乃は思わず呟く。——それとほぼ同時に、通りでずっと優しくしてくれたのだ、と雪乃は思った。


「しかし、風習を何よりも重んじる強硬派がお前を拉致し、物心つく前に遠い山へ捨てた。
 やがて両親が不慮の事故で黄泉の国へ行き、幼い私がすぐ即位した。その時、お前たちの祖父に必死に頼まれたのだ。——雪乃を、探して欲しいと。
 私も、ほとんど覚えていないとはいえ、たった一人血のつながりのある姉を見つけたかった。……同じ姉弟なのに、こんなの不公平だとずっと思っていたから。
 けれど、その為には強硬派を説得しなければならなかった。最初渋っていた強硬派もやがて折れ、雪乃を探すことを認めた。その代わり、とある条件を結んだのだ。——生涯、姉弟として過ごしてはならぬ。そして、姉弟の繋がりであると言うことも話してはだめだと。
 ——私はこの条件を飲み込んで、お前を探し当て、そして貴族へ入れたのだ。そして、条件とはいえ……お前にそのことを話さないで過ごしていた日々は、とても辛かった」


 その言葉は、嘘偽りのないと雪乃は直感した。
 そして、やっと腑に落ちたのだ。——どうして、王室の隠し路を知っていたのか。
 王家の者は、自由になる時間など全くと言っていいほどない。その為、こっそり抜け出すために、昔防空壕として使っていた洞窟の道を使ったのだろう。——帝と一緒に。


「——私が帝に即位して何百年か経った後、人間たちは巨大な大仏を作った。そのせいで、沢山の命や自然が破壊されたよ。……それは、妖も。
 私は確かに怒り狂った。けれど、思いとどまったのだ。——今、人間に危害を与えれば、私はただの鬼になってしまう。尖っていると、逆に折れてしまうと。
 けれど……強硬派は、それを良しとはしなかった」


 帝は人間を恨むことを必死に思いとどまった。けれど、風習を重んじる強硬派は断じて人間を許さなかった。
 帝の必死の説得に耳を貸すこともなく、勝手に帝の命に置き換え、大雪を降らせた。


「——私はその時初めて知ったよ。私——いや、もしかしたら親の代からかもしれないが——単なる、飾りだったんだってね。本当は、権力も何も無かった。強硬派を止める方法も知らなかった。
 情けない話だよ。……周りの妖がしたとはいえ、私は許さない罪を犯してしまってる。『力が足りなかった』なんていう言い訳で、赦されるハズがない」


 そこまで伝えた帝は、とても疲れきっている表情だった。


Re: 六花は雪とともに【アンケ実施中・参照1300突破感謝会更新】 ( No.242 )
日時: 2011/12/26 17:26
名前: 火矢 八重 ◆USIWdhRmqk (ID: geHdv8JL)

(——どれほど、苦しんだのだろう)


 雪乃はそう思った。
 帝は——本当の自分を隠され、自由にもなれず、人が傷ついているのをずっと見て来たのだと思う。
 雪乃も知らなかった。一歩間違えれば、帝を恨んでいたかもしれない。そうなれば、『知らなかった』じゃ済まされなかったと思うと、ヒヤリとした。

 だとしたら——。


「だとしたら、私にも罪はあるよ」


 いつの間にか、雪乃は声に出していた。


「私は何も知らなかった。伝えられなかったのは言え、何にも知らなくて貴方を傷つけていた。それは、私も許されることではないと思う……」


 だから、と雪乃は続けた。


「もっと話そうよ。もっと一緒に居ようよ。そしたら、貴方が幸せになれる方法が判るかもしれない!!」


 必死に、伝えたかった。
 実の弟なんだ。姉である私が弟の幸せを願ったって、罰は当たらないはず。——帝が、実の姉である私を気にかけてくれていたように、私がそうしたっていいはずなんだ。

 沈黙が流れる。帝は俯いていたが、やがて笑って言った。
 その笑みと声はとても乾いていた。


「……そうだな。そうかもしれない。……だから、せめて最後は我が道に進むよ」

「最後……?」


 疑問に思って呟いた途端、白龍が雪乃を抱えて中庭へ飛び出した。
 目に映らない程、その行動は早かった。


「……ッ、ちょっとお兄ちゃん!? 何いきなり!?」


 そう言った途端、ゴオオオオオ……と凄い音が鳴り響いた。
 雪乃が王室の方を見ると、王室は紅蓮の炎に包まれていた。


「——帝ッ!! 何をッ……!!」

「おい、起き上がるな!! 死ぬぞ!!」


 バタバタと白龍の腕でもがく雪乃。
 帝は炎に背向けながら、穏やかに笑って言った。


「……茶番を終わらせるには、この方法しかない。だから、その好機を狙っていたんだ」

「帝……? 何言ってるの……?」

「私はお飾りで、しかも自分の道すらも歩めない臆病者……だから、せめて最後はお前や白龍を役立たせたかった」

「ちょっと、早くこっちに来なさいよ!! 死んじゃうよ!?」


 血相を変えて必死に呼びかける雪乃。


「……ごめん、姉さん。ずっと辛い想いさせちゃって。……最後に、僕の生が意味を持ったよ」


 そう言った時、唇が動いた。


『ありがとう』と。


 その途端、炎が帝を纏った。あっという間に帝は消え、王室は炎に包まれる。
 その時、雪乃の脳裏に忘れていた思い出が蘇った。


——昔、小さい頃二人で王室から抜け出した。あの防空壕から、あの山へ。
 その時、小さな紫色の花が咲いていて。
 何の花か判らなかったから持って帰ったんだけど、抜け出したことがバレて、二人して大目玉食らったんだ。
 その時、おじい様が教えてくれた。——この花は、『紫苑』っていうんだよって。
 その時、あの子はあどけない笑顔で、



『じゃあ、僕の名前と同じだね!!』



……そう言った。
 そうだ。あの子の名前は——……。




「紫苑——!!」


 精一杯叫んだ。腕を振り払う事が出来なかったから、精一杯叫んだ。


(どうして、忘れていたんだろうッ!! どうして、今まで思い出せなかったんだろうッ!!)


 雪乃は堪え切れず、涙が零れた。後悔が湧きだした。


(あれほど一緒に居たのに、なんでッ……!!)


 唯一血縁である彼の心に気付けなかった。
 あのあどけない笑顔を守れなかった。
 あの子の名前を呼ぶことすら出来なかった!!
 あの子は、言いたいことを全部飲み込んで私を見守ってくれていたのにッ——!!


 遠くで、叫び声と金属音が聞こえた。
 どうやら兵士と芙蓉たちが闘っているらしい。雪乃があまりにも遅いものだから、耐えきれず攻撃をしかけたのだろう。

 違う、と雪乃はとっさに思った。


(私は——こんな世界、望んでいない)


 誰かが生贄になることなんて、望んでいない。
 誰かが死ぬことを、望んでいない。

 皆が笑い合って、他愛ない日々を過ごして——幸せであって欲しい。そう願った。それが私の望みだった。
 それは、紫苑も同じで。普通に笑って、泣いて、怒って、幸せに生きて欲しかった。

 けれど——その夢は、叶う事はなかった。
そして、これからも叶う事はないだろう。