複雑・ファジー小説
- Re: 六花は雪とともに【アンケ実施中・第十一章更新!!】 ( No.246 )
- 日時: 2011/12/27 21:08
- 名前: 火矢 八重 ◆USIWdhRmqk (ID: geHdv8JL)
小話 『君を忘れない』
『……ねえ、姉さん』
不安そうな顔で、彼は聞いた。
『なあに? 紫苑』
『僕達、ずっと一緒に居られるかな……?』
——なんだ、そんなこと。
私は聞いてほっとし、明るく答えた。
『当たり前でしょ!! 姉弟なんだから!!』
その言葉を聞いて、彼は少しだけ表情が明るくなった。
私は、何も判っていなかったから笑っていた。
彼は、全て判っていたから不安な表情を浮かべていた。
あの日から——私たちはすれ違っていたのかもしれない。
そして——。
◆
帝である紫苑が自決し、強硬派が芙蓉たちの手によって葬られたその三日後、私は再び王室を訪ねることになった。
あの日燃えた王室は、中庭すらも燃え、残っていたのは松の木だけだった。
そう。あの防空壕の跡の隣にあった、松だ。
「ここは……燃えなかったんだね」
そう独りで呟いて、私は防空壕の中を覗くようにしゃがみ込む。
「……良かった。ここは思い出が多い穴だから……といっても、忘れているのが多いけど」
忘れたのは、何故だろう。
忘れたかったから? ここに居る生活を忘れたかったから?
だから、いつの間にか忘れてしまったのだろうか。
「……私は、『忘れる』という行為は、悪ではないと思う」
誰に伝えるわけでもなく、自分に言い聞かせるように言った。
「誰だって忘れたいことはあって。辛いこと、悲しいことは忘れていいとおもう。……それが例え、罪をおかしたとしても」
そう。自分のしたことに恥じて、反省したならば……もう、充分苦しんだのだから、忘れてもいいと思う。
けど……忘れたくない思い出が、沢山ある。楽しかった事、嬉しかった事を、忘れたくないんだ。
「……どうすればいいのかな、私は」
忘れたいのだろうか。
忘れたくないのだろうか。
そんな想いが、頭を駆け巡る。
サアアア……と、風が雪乃の頬に触れた。冷たい風が吹く。
ふと足跡を見ると、焦げた土の上に、鮮やかな紫色の花が生えていた。
「紫苑……」
季節外れの紫苑の花だった。淡い紫色の花は、黒の上だととても鮮やかに見える。
どうして、こんな所に生えているのだろう。私は恐る恐る紫苑の花を手にし、目の前に持ってきた。
その時、何処からもなく、声が聞こえたのだ。
『——雪乃は忘れても、僕はずっと君のことを忘れないよ』
——弟の声だった。
私は驚いて、周りを見渡す。けれど、誰の姿も見えない。燃えた中庭には、私一人しかいなかった。けれど、確かにあれは弟の声だった。
弟は——紫苑の花に転生したのだろうか。自分と同じ名を持つ花に。
そして——私に伝える為に、こんな所に花を咲かせてくれたのだろうか。私を『忘れない』と伝える為に。
「——紫苑。私は貴方の事、絶対忘れない」
私はまた呟いた。今度は、弟に伝える為に。
私は、紫苑のことだけは忘れない。
同じ血を引く、弟のことを。
君のことを、ずっと忘れない。
だって、そうすれば、貴方は私の心の中で生きていけるから。
だから、忘れないよ。
紫苑の花に向けて、私はそっと微笑んだ。