複雑・ファジー小説
- Re: 六花は雪とともに【アンケ実施中・小話更新!!】 ( No.249 )
- 日時: 2011/12/29 17:19
- 名前: 火矢 八重 ◆USIWdhRmqk (ID: geHdv8JL)
第十二章 春の女神と雪女
紫苑が自決して、七つの夜が過ぎた朝。
「雪乃、このままだと貴方は立春とともに溶けるわ」
いきなり、佐保姫から伝えられたのは、『余命宣言』。
それは、あまりにも唐突だった。
◆
「私が……溶けて消える?」
外に出た途端、いきなり伝えられた雪乃は、思わず思考停止した。
「……まさか、この話をする羽目になるとはね。ずっと、貴方のおじい様から止められていたのに……」
「……どうゆうことですか? というか、佐保姫様とおじい様知り合いだったのですか?」
「ええ。……実はと言うと、恋仲だったわ」
あまりの唐突な証言に、雪乃は声を失った。
「でも、貴方のおじい様と私はいろいろ事情があって結ばれることはなかった。けれど私と彼は良く話したわ。
……雪乃。貴方のおじい様はね、二代前の帝の双子の弟だったのよ」
(おじい様が、紫苑の二代前の帝の弟……?)
疑問だらけだった。けれど、一つだけ腑に落ちるところがある。
——ということは、私の……。
「つまり、貴方とはれっきとした血のつながりがあったワケ。貴方が遠くの山に捨てられた時も、自分の生い立ちと重ねての行動だったようね。
初めから話すわ。せっかくだから、私の社で話しましょう」
佐保姫は何処か嬉しそうな顔で言った。
◆
佐保姫の社はとても広かった。——恐らく、異界なのだろう。桃の花や梅の花が咲き誇り、それでいて雪乃は熱くはなかった。
佐保姫と雪乃は座ると、佐保姫はポツリポツリと話しだした。
「……あの人もね、貴方と同じく精霊を見ることが出来た。どうやら、双子として生まれた王家のモノは、帝にはならない方が精霊を見る力を授かるようね。貴方が『精霊』を見る力があることも、彼から聞いたわ」
その言葉を聞いて、雪乃は一つずつ疑問か解けて来た。
佐保姫は祖父から聞いていたのだ。だから、雪乃に精霊を見る力があることも知っていた。雪乃は誰にも話していないのに、佐保姫が知っていたのは、そういうことだったのだ。
だが、もう一つ謎が生まれた。
「では……何故、帝にはなれない片方は忌子として間引きされたのでしょう? 『精霊』を見る者は、心清らかなものではないと見えないと、貴族の伝説で知りました。——そして、双子の片方が『災い』を持って生まれることも伝説で知りました。
神は清らかなものとして崇められています。ですが、帝となる者は何故視えないのでしょう? そして、何故『災い』を持つ子として生まれるものが、清らかなものにしか視えない精霊を視ることが出来るのでしょう?」
双子の片方は『災い』を持つ子として生まれる、と大人たちに教わった。しかし、『災い』を持つ子が清らかな心を持つ者しか見られない『精霊』を視ることが出来ると言う。
一方帝は清らかな『神』であるのに、『精霊』を視ることが出来ない。これだと矛盾してしまうではないか。
- Re: 六花は雪とともに【アンケ実施中・小話更新!!】 ( No.250 )
- 日時: 2011/12/29 17:20
- 名前: 火矢 八重 ◆USIWdhRmqk (ID: geHdv8JL)
「当たり前よ。——帝は、『神』では無いもの」
あっさりと、佐保姫は答えた。
「帝は単に権力を『象徴』しているだけ。清らかなでも神でも何でもない。……逆に、闇から生まれたもの。貴方が『陽』として表すなら帝で在った紫苑は『陰』。
『陰』にとって『陽』は『陰』の存在を消すものとしか無い。だから、先代のモノは『陽』として生まれる双子の片方を恐れ、間引きしたのでしょうね。妖の存在が、消されないように」
雪乃はもう全く判らなかった。
正直言って、頭の中が破裂しそうだった。今まで信じていた物が、実は嘘っぱちの情報。いきなりの事に頭が合わせてくれるはずがない。
そんな雪乃の様子に、見かねた佐保姫は言った。
「……実を言うと、私も良く解らない。何故貴方が『陰』から生まれた妖なのに『陽』の力を授かったのか。でも……それが災いして、貴方は寿命を削ることになった」
「……どういうことですか?」
雪乃は恐る恐る聞いた。
勿論、聞いても判る筈がない。けれど、聞かずにはいられなかった。
「……貴方の祖父はね、確かに大往生で無くなった。けれど、それはあの山を一度も降りなかったから。あの山は、『陰』の結界が張ってあるからね。……でも貴方は、もう何遍もあの山を降りたでしょう? そのせいで、『陽』の力が大きくなったの。……その為、その体は耐えきれず三日後の立春の日に……」
「『溶けてしまう』……そういうことですか?」
雪乃の言葉に、佐保姫はコクン、と頷いた。
結局、聞いてもほとんど判らなかった。けれど、一つだけ判ったことがある。
——立春で自分の命が消えてしまうと言う事。それだけは判った。
「……彼は、『その日まで雪乃の好きな道を選ばせてくれ』って、私に頼んだ。だから、貴方が好きな道を選んだ時、背中を押そうと決めた。
でも、貴方が立春を過ぎても貴方が死なない方法を見つけたの」
「え……そんな方法が?」
雪乃が思わず訊ねると、佐保姫は嬉しそうにコクン、と頷いた。
「貴方が——帝を継げばいい」
その途端、雪乃は頭が真っ白になった。
雪乃の様子に気づかず、佐保姫は玩具を見つけた子供のようにはしゃぎながら言った。
「貴方が継げば、『陰』の力が強まって、『陽』の力が収まる。——その代わり、『陽』の力を抑えるには一生山を降りないことが条件だけれど。でも、それさえ我慢すれば生きていけるのよ!」
(——私が、帝を継ぐ……)
そんな言葉が、脳裏をぐるぐると渦巻きのように回る。
確かに、生きて行くなら良いかもしれない。生きながらえるならいいのかもしれない。
しかし、雪乃はそれが良い方法とは思えなかった。
紫苑のことがあった。紫苑が自決まで追い込んだ王族を、正しい道に歩ませる器量は、雪乃には無いと思った。自分の為に家でした雪乃には、その資格がない。
『帝』を継ぐというのは、頂点に立つと言う事。頂点に立つと言う事は、妖たちの願いや希望を叶えなければならない。
理由はもう一つある。——『帝』を継げば、生きていても皆に逢えなくなる。ナデシコや芙蓉、杏羅に一生逢えなくなるのだ。
ナデシコと芙蓉とはもう話せない。川男と一緒に釣りに行けない。——何より、杏羅の傍にいられないことが一番辛かった。
逢えないと言う事は——『死んでいる』のと同じ事。自分を押し殺すような生き方は、どうしても雪乃には納得がいかなかった。
だから。
「——私は、帝を継ぎません」
そう言い放った時、佐保姫の目が大きく開かれた。
「私は、最後まで自分の望み通りに生きます。——そして、春が来たと同時に、お暇を戴きましょう」
そう言って、雪乃は佐保姫に背中を向け、立ち去った。
後ろで、物凄い剣幕で佐保姫は叫んだ。
「待って!! 貴方の命は貴方だけのものじゃないのよ!? 貴方が死ねば、皆が悲しむ!!! 私だって悲しむ!!!」
泣き叫び、張り裂けそうな声。しかし、雪乃は足を進めた。
「貴方が死ねば、私はどうなるの!? また一人ぼっち!!! お願い、考え直して!!! 私を置いて行かないで!!」
その声は偉大なる神の声ではなく——一人ぼっちになるのが怖い、少女の声。
けれど雪乃は耳を塞ぎ足を進める。
耳を塞いでいるせいか、佐保姫が何を言っているのかは分からない。けれど、叫んでいることは判る。それぐらい必死な訴えだった。
けれど、雪乃は自分の信念を曲げることはしなかった。
——自分の命が僅かというのなら。その僅かまで、自分の望み通りに生きよう。
それが誰かの反感を買うとしても、私は自分が納得した道を選ぶ。
それが自分なりの『幸せ』と想う事が出来るから——。