複雑・ファジー小説

Re: 六花は雪とともに【コメください!いや、ホントに!】 ( No.27 )
日時: 2011/12/15 21:16
名前: 火矢 八重 (ID: wVDXtEbh)

第三章 名を呼ぶもの


「ここまで案内すれば、もう行けるわね?」


 佐保姫が聞くと、雪乃はコクン、と頷いた。
 荷物を纏め、雪山を降りた雪乃と佐保姫は村の近くまで来ていた。


「あの雪山の結界も破るのが大変だったわ。まあ、人間を近付かせない為と貴方のような熱に弱い妖を守る為だろうけど。——体の調子はどう?」


 前半は愚痴で、後半は雪乃に問う言葉である。薄い布をとった佐保姫の顔はこの世の者とは思えない程の美貌だったが、こんな愚痴を吐くとは夢にも思わなかった為、雪乃は苦笑いしながら言った。


「ちょっとだるいです。でも、仕方がありませんし」


 その言葉を聞いて佐保姫は少し考えこんだ。と思ったら、何処からとも無く香炉を取りだした。
 青銅の香炉だ。ほのかに桃の花の匂いがしたかと思うと、だるかった体が楽になった。

「——どう?」

「体が楽になりました。嘘のように……」


 その言葉に、佐保姫は得意げになって説明する。


「これはね、唐の神仙が住むと言われる博山を元にした香炉なの。博山炉と言われているわ。香は幻の白檀。家ではこれを置きなさい。貴方にとっても、人間にとっても丁度いい温度になるから。それとこれ」


 もう一つ取りだしたのは焦げ茶色の手袋だ。


「常にこれをはめておきなさい。手袋をはめていれば手は安全だから」

「あ、ありがとうございます……」

「いいのよ、これくらい。貴方は今から命がけで人を救いに行くのだから。こんなもの、役に立つならあげちゃうわ」


 薄い布をとった佐保姫の笑顔は、儚げながらもお茶目だった。


 老婆だと思っていたのが実は春を伝えるあの佐保姫神と知った時は、天と地がひっくりかえるかと思った。
 佐保山の佐保姫神は、妖の貴族である雪乃には勿論のこと、人間さえ知っている神だ。だからこそ、雪乃は不思議で仕方が無かった。どうしてこの神は、私なんかに人間のことを頼むのだろうと。

 雪乃は思い切って聞いてみた。すると佐保姫は笑いながら言った。


「貴女だから頼んだのよ。精霊を見ることが出来、精霊を従わることが出来るほどの清らかな心を持つ、貴女だから」


その言葉を聞いて、雪乃は唖然とした。

雪乃は清らかな心を持つモノ以外見えない、精霊を見ることが出来たのである。さらに、雪乃は熱に弱いものの、妖力が他の妖と比べてケタ違いだった為、精霊を契約するまでに至った。

 その事は誰にも話したことは無かった。話せば面倒なことになるだろうと予測したからだ。それが例え身内だろうと、打ち明かすことはしなかった。それなのに、この女神さまはあっさりと見抜いておられた。


(この女神さまは何でもお見通しなのかしら)


 雪乃はこのちゃっかりした女神の情報網に、思わず舌を巻いたのだった。

Re: 六花は雪とともに【コメください!いや、ホントに!】 ( No.28 )
日時: 2011/12/15 21:19
名前: 火矢 八重 (ID: wVDXtEbh)

               ◆


 雪乃は佐保姫と別れた後、これから住む家へ向かった。佐保姫は神なので、やることがいっぱいのそうだ。……というか、神というのは気まぐれで、面白い事が起きない限り人間界に降りることはまず無い。それでも雪乃は佐保姫は慈悲深い、と思った。


(私のわがままに、ここまで準備してくれたんだ)


 これ程嬉しいことは無かった。自分の考えを認めてくれる人が居るだけで、元気が出る。

 雪乃は浮かれたまま足を進めた。自然に足が軽やかに進む。ここに白龍が居たら「顔がにやけているぞ」とからかわれるだろう。それほどまでに浮かれていた。

 浮かれていたせいで、足元が川であることに全く気が付かなかった。


「へッ?」


 間抜けな声を出し、下を確認した時には遅し。バッシャンと水しぶきとともに大きな音が出たかと思うと、全身水に浸かっていた。


(……私ってば、どれだけドジなら済むの?)


 自己嫌悪に浸りながら泳ぐ雪乃。そこまで深く無かったのが不幸中の幸いだ。余談だが、雪乃は小さい妖たちから「高速人魚」と言われるほど泳ぎがうまい。

 バシャバシャと水の流れを分け、岸へ手を伸ばした時だった。足が何かに掴まれた感触がした。感触がしたかと思うと、思いっきり足を引っ張られる。


「え!?」


 バシャン、と音がしたかと思うと、雪乃はすでに水の中に居た。いきなり潜ったせいか耳鳴りがする。
 雪乃は水の中で目を凝らした。明らかに、これは他意があって起こっていることだ。

 視界が曇っているが、良く見ると足に掴んでいるのは手だ。そして、何やら大きな尾ひれが見えた。瑠璃色の尾ひれで、光の反射でキラキラと雲母のように輝いていた。

 その美しさに一瞬見止めれてしまった雪乃だが、す
ぐに我に返りその魚らしきものを凍らせた。


「ぎゃ!!」

 叫び声が聞こえたかと思うと、パキパキッ・・・と、氷の砦が出現する。川の奥深くに居た魚は、凍ったままあっという間に水面にまで浮上した。


「何すんのよー!」


 雪乃は陸に上がり、仁王立ちになって凍った魚に怒鳴った。

 凍った魚は、人魚だった。上半身が女の体で下半身が魚である。水の中では顔までは見れなかったが、今見ると相当な美貌である。

 雪乃は取りあえず、どうして自分を溺れかけさせたか聞く為に、顔だけは解放させておいた。


『……ん!? 貴様、人間ではなかったのか!』


 人魚の驚いた声が聞こえたが、無視して一番聞きたいことを聞く。


「まずは名を名乗りなさい。そしてどーして私を殺そうとした理由を言いなさい。あのままじゃ溺死だったわよ」


 聞くと人魚は声を荒げて言う。


『き、貴様を人間と間違えたのは悪い! だが、貴様も私の住処を荒らしたのも事実だろう! そんな奴に名を名乗る権利は無い!』

「……貴女もしかして相当な人間嫌い? (荒らしたって言うかただのドジだったんだけどなあ……)」

『当たり前だ! 人間なんか、何時も不老不死だの肉など肝だの言って私たちを食べにくる! 自分の欲で私らをむさぼり食う欲深い愚かな存在だ! それだけで、どれだけの友人が死んでいったかッ……!』


 人魚の言葉には、人間に対しての憎しみと悲しみと——失望が混じっていた。
 人間に対しての憎しみを一通り吐き出した後、人魚は静かに言った。


『……さっさと去れ』

「え?」

『もうこりごりだ、誰かと一緒に居るのは・・・。友人なんて、居なくなった時に寂しくなるだけだ』


 雪乃は少しだけ同情した。——ここにも、似たようなモノが居たんだ、と。帝のように、大切な人を失くして、憎んで、期待を裏切られて、信じられなくなっているモノが。そう思うと、少し悲しく思えた。

 人間の憎しみだけではなく、独り残された寂しさだけを感じる日々。それは、どんなに辛く、覇気の無い日々だろう。












Re: 六花は雪とともに【コメください!いや、ホントに!】 ( No.29 )
日時: 2011/12/15 21:21
名前: 火矢 八重 (ID: wVDXtEbh)

 だが、雪乃にはここで引き下がるつもりは毛頭なかった。


「……まあ、そんなことがあったら憎むのが普通だよね。でも、貴女も欲深くて愚かじゃなくて?」

『何……?』

「貴女は自分の怒りを人間のせいにしている。……まあ、ホントに人間のせいだけどさ。でも、その怒りが人間じゃない雪女である私を巻き込んだ。これが欲深くて愚かじゃなくて、何?」


 雪乃の言葉に、人魚はポカンと口を開けた。その様子がおかしくて、雪乃は吹きだした。


『な、笑うな! 全く、失礼な奴め! 雪女は、皆そうなのか!?』


 顔を真っ赤にし、むきになる人魚。それに雪乃は「ゴメンゴメン」と謝罪し、なだめる。


『……お前、ホントに変な奴だな。妖のくせに、人の肩を持つし、拒絶している私に話しかけたり』

「そう? 私みたいな妖だって、世界には沢山いるんじゃない?」

『……そうか?』

「そうだよ。でも、欲がないモノは居ないと思うよ。私みたいな人間好きな妖も居れば、妖に興味を持つ人間だって居ると思う。妖と仲良くなりたい、そう願っている人だって」


 それは、自分が雪女なのに人間を好きになってしまったからこそ言える言葉だった。


(私だって妖だ。妖の立場から何度も人の醜い所を見ている)


 けれど。雪乃には例えどんなに期待を裏切られても、どんなに傷つけられても、誰かと仲良くなりたいと言う『欲』がある。それは雪乃だけに限られたことじゃなく、誰にだってあるもの。


『……だが、誰しもそんなものは居なかったぞ。皆勝手な奴ばっかりで、弱くて、脆い奴だ。人魚にも、そんな奴は居た。だから、結局——』


 人魚が言うと、雪乃は言う。


「昔ね、瀕死だった私を助けてくれたのは、人間だったの。妖に狙われて瀕死だった私を、周りの妖は助けようとは思わなかった。だって、自分も巻き込まれてしまうからね。
 ……でも、あの少女は私を助けてくれた。自分の身も顧みずに」


 雪乃がそう言うと、人魚の目が大きく開く。その様子を見て、雪乃は続ける。


「妖も人も紙一重だと思うの。妖だって醜い心はある、人にだって醜い心はある。でも、自分の身を顧みずに助けてくれたあの子は、私の心に残っている。悪い所があれば、良い所もあると思うの。——貴女は、どうだった? 何百年見続けて、妖だろうが人であろうが、ちゃんと貴女の名前を読んでくれた人は居たでしょう——?」


 そう言った後、少し、間があった。だが決して居心地の悪い間では無かった。
 その間を破るように口を開いたのは、人魚だった。


『——お前名は?』

「へ?」


 思わず聞き返してしまった雪乃に対して、人魚は顔を真っ赤にしながら続ける。


『名を聞いているんだ! わ、私の名は芙蓉だ。覚えとけ!』

「芙蓉、か。私の名は雪乃。鮮やかに水面に咲く蓮は、貴女にそっくりね」


 そう言うと、芙蓉は微笑んだ。今度はむきにならず、ふわりと微笑んで。それが嬉しくて、雪乃も微笑み返す。


 名を呼ばれて嬉しいと感じたのは、きっと芙蓉もだろうと雪乃は思った。