複雑・ファジー小説
- Re: 六花は雪とともに【絵を書いてくれる方募集中☆】 ( No.39 )
- 日時: 2011/12/16 18:08
- 名前: 火矢 八重 (ID: wVDXtEbh)
第五章 雪女の恋
鎌鼬騒動から三日経った日。村はやっと何時もの日常を送ろうとしていた。とはいっても、相変わらず雪は降るし、被害が出たせいでもっと税が払えなくなっているところだが。
雪乃は村を歩く。ナデシコに山リンゴと鱗の塗り薬を届けるためだ。あの後、芙蓉は「人間を助けるのはこれっきり」と言っていたが、五日に一度には届けに来る。雪乃は医術に関しての知識が無い為、医術師であるナデシコに届けようと思ったのだ。
ナデシコは畑で土を耕していた。ナデシコ、と呼ぼうとしたが、ためらった。
こんな寒い日にも薄い服を着ているナデシコが、一生懸命に耕していたからだ。
(あの子は、寒さを感じているのに)
自分は雪女だから寒くないのだ。その代わり、熱に弱い。だが、雪乃は佐保姫や芙蓉に助けられている。
ナデシコは寒いのに、ああやって耐えながらも一生懸命耕している。そんな姿が、痛々しくも神々しかった。
「……ナデシコー」
「は! 雪乃!?」
雪乃の声に慌ててクワを放り投げ向かって来るナデシコ。
「……って、クワを放り投げちゃいかんだろ」
「あ、いけない。ついうっかり」
てへ、という効果音が出そうなお茶目な笑顔に、雪乃は苦笑した。
(——これが私だったら、義兄さんはウザイという一言で切り捨てるだろうなあ)
何て思いながら。
「……ナデシコ? その方は誰だい?」
後ろから、青年の声が聞こえた。
「あ、お兄ちゃん。もう薬草を集めてきたの?」
「え、お兄ちゃん……?」
振り向くと、ナデシコが瀕死状態の時に立ち会った医術師だった。ナデシコと目元が似ているが、何処か抜けているような表情はナデシコとは正反対だった。
「ああ、君は確か……」
「雪乃。私の友達だよ。雪乃、この人は杏羅兄ちゃん。聞いて通りの私のお兄ちゃんだよ」
ナデシコが説明してくれた。雪乃は会釈する。
(ナデシコにも、兄さんが居たんだ)
そう言えば、と雪乃は思う。義理の兄白龍は今頃どうしているのかと。きっと今頃私が居なくなって大騒ぎになっているだろうな、と容易に考えられる。
それと同時に、寂しさもあった。
(あそこの所に居た時は、からかわれたり泣かされたり時々ウザイと思ったけれど……)
今思うとあの人は優しかったのだと。兄である存在が、こんなにも大きかったのだと、今になって思い示された。
義理なのに、自分を本当の妹のように可愛がってくれた兄。嫌な思い出も沢山あるが、それも全て兄が私を可愛がってくれていたのだと、今更になって判った。
「……じゃあ、私は薬草と薬を家に置いてくから、お兄ちゃんと雪乃はちょっと待ってて。時間、あいてるから畑仕事手伝ってくれるわよね? つーか手伝え」
「命令形ですか。……いいよ」
雪乃は苦笑すると、ナデシコはパアと笑って「すぐ戻るからー!」と、あっという間にかけ出してしまった。
- Re: 六花は雪とともに【絵を書いてくれる方募集中☆】 ( No.40 )
- 日時: 2011/12/16 18:12
- 名前: 火矢 八重 (ID: wVDXtEbh)
さて、ナデシコが居なくなった瞬間、温度が下がった気がした。元々雪が降っている為寒いのだが。居づらくなったと言った方が正しいかもしれない。
何を話していいのか悩んでいると、杏羅から話かけてきた。
「……えっと、とりあえず、ナデシコを助けてくれてありがとう」
頭を下げて言う杏羅。だが、勢い余って倒れ、地面にぶつかった。
「ッ〜〜!」
「だ、大丈夫ですか?」
「へ、平気平気……」
雪乃が慌てて訊ねると、苦笑しながら顔を上げる杏羅。どうやらこの青年、所どころ、いや結構抜けているようだ。
(……ナデシコのお兄さんとは思えないなあ)
雪乃は本気でそう思った。そして立ち上がる時助けるため、手を伸ばした。杏羅は「有難う」と言いながらそれに掴む。
「ホントに大丈夫ですか? 勢い余って倒れるなんて……」
「大丈夫大丈夫。何時ものことだし」
そう言いながら笑う杏羅。どうやらこの青年、抜けているだけじゃなく筋金入りの天然のようだ。
雪乃はため息をつく。——本当に見てると危なっかしいなあ、と。それを見るといらつきさえ覚えた。
「ありがとう」
——そう言った杏羅の笑顔には、心を奪われた。
何処か儚げで、そして芯が強い笑顔に、不覚にもときめいてしまった。フワリ、と心が舞い上がる。
だが、上を見た瞬間、はっと我に返った。
頭の上には、杏羅の手があったのだ。どうやら癖で、雪乃の頭を撫でようとしたらしい。
反射的に雪乃はその手を振り払った。
「あッ……」
バチン、とはたく音が響いた。勢い余って強く叩いてしまったらしい。
杏羅はポカンとしていたが、雪乃は呆然としてしまった。
「……ごめんなさい」
やっと出た言葉は、謝罪の言葉。
「いや、こっちこそ気安く触ってしまってゴメン」
最初はポカンとしていた杏羅は、その言葉を聞いて微笑んだ。雪乃を安心させる為に微笑んだが、雪乃は逆に胸を突かされた。
「……あの、本当にごめんなさい。……今日は用事があるので、先に帰りますね」
「え?」
「本当にごめんなさい。……失礼します」
そう言うと雪乃は風の如く走った。あそこに居ると、また拒絶しそうで怖かったからだ。
(私今、拒絶した)
その事実が、何遍も頭を駆け巡る。
あのまま頭を撫でられていたら、溶けていた。雪乃は雪女の中でも熱に弱い為、人間の温度でも溶けてしまうのだ。その為、手は手袋をはめており、手は触っても溶けはしない。
だが、その他の部分はどんなに軽く触れても溶けてしまう。だからあの時手をはたくのは仕方が無かった。だからこそ、凄く悲しかった。まるで、私はここに居てはいけないと言われたようで。
(……判ってたじゃないか)
家出した時から。自分は人に触れることはできないと。それを承知でここに来たんじゃないか。
けれど。今はっきり現実で示されたのは堪えた。
涙がボロボロと零れた。とにかく悲しくて悲しくて、雪乃は家に向かって走った。
(……?)
走っていると、地面に違和感があった。少し揺れているような、異和感。
それを確かめる為に、一度立ち止まる。
『雪女ぁぁぁぁぁぁ!』
地を揺らすような叫び声が聞こえた。かと思うと、ドシン、と大きな足音が聞こえる。同時に地面が激しく揺れた。
あっという間に涙は止まり、雪乃は顔を引きしめた。とてつもない妖気が、そうさせたのだ。
『見つけたぜぇ、雪女ぁ……』
頭が痛くなりそうなぐらい、鋭い声に雪乃は思い出す。
「お前は……牛鬼!」
雪乃が見た妖は、牛鬼だった。
牛鬼とは頭が牛で首から下は鬼の胴体を持つ妖。非常に残忍で獰猛な性格だった為、昔雪乃が氷の中に封じた妖である。それがここに居ると言う事は、氷が溶けたということだろう。
『雪女ぁぁぁ! 今度は人間と慣れ合っているのかい!? はッ、この俺様を殺さず封じたアマちゃんのお前には、似合ってるなあ!』
(やっかいな時に、やっかいな妖が出てきたわね)
雪乃は心の中で毒突いた。悲しい思いが吹き飛んで、むしろ「楽しい」思いがふつふつと出てくる。雪乃も妖だ。強い奴と闘うのは好きだ。
『雪女ぁぁぁぁ! ここで貴様を喰ってやるぅぅぅぅ!』
毒を吐きながら襲いかかる牛鬼。図体が大きい割にはすばやいのである。
「フッ」
だが、雪乃はそれを鼻で笑い、颯爽とそれをかわした。となると、体はあっという間に凍りついたのである。
「牛鬼……私はお前に情けをかけてやったのに、その恩を忘れたと言うのか。……気付いていたか? 封印されている間、どれだけ氷がお前の妖力を奪っていたか」
『……貴様ッ!』
「そのまま失せろ。氷ともどもな……」
そう言い放つと、雪乃はくいっと細い人差し指を動かした。すると氷は牛鬼と一緒に砕け散ったのである。
『……人間とッ! 一緒になれる! ことなんてあるはず! ねえのにな!』
それが、牛鬼の最後の言葉だった。
- Re: 六花は雪とともに【絵を書いてくれる方募集中☆】 ( No.41 )
- 日時: 2011/12/16 18:20
- 名前: 火矢 八重 (ID: wVDXtEbh)
◆
残ったのは、氷の破片と雪乃だけだった。
牛鬼は倒した。だが、最後の言葉が頭から離れない。
(「人間と一緒になれることはない」、か……)
確かにそうかもしれない、と雪乃は思った。
牛鬼と闘っている自分は、自分で判るほど冷酷だった。それが雪女の本性だ。敵と判断したモノはとてつもない冷徹冷酷な態度をとる。
ましてや人間と一緒に暮らすなんて、無理なのかもしれない。逆に、自分が災いのもとになっているのかもしれない……。
ふと、杏羅の顔が浮かんだ。優しい、温かい杏羅の笑顔を。
——私は、あの温かさが好きだ。あの人に憧れた。あの人を好きになった。
(……でも私は、一生あの温かさに触れることはできない)
あの温かさは、私は触れてはだめだ。それは判っている。——私は、あの人たちを悲しませるためにここに来たのではない。
それでも、それでも——。
「雪乃?」
はっと、後ろを振り向くと杏羅が居た。ゼエゼエ、と息が荒くなっている。どうやらいきなり居なくなった雪乃を探すため、あちこちを走り回っていたようだ。
「き、杏羅さん!? 大丈夫ですか!?」
「その台詞はこっちのが言いたいよ。どうしたんだい、こんな氷……」
その言葉に、今いる現状を思い出す。すっかり忘れていたが、雪乃の周りには雪乃を中心とした、巨大な氷があったからだ。
「こ、これはッ……!」
とっさに言い訳を考えたが、良い言葉が思いつかなかった。
(——嘘も、付けない)
ここまで来たら、嘘も付けない。雪乃は俯いた。やっぱり、自分はここに居てはいけないのだろうと。もう、ここに居ちゃいけないのだろうと。そう思うと、胸が張り裂けそうで、恐怖に溺れそうで、とても怖かった。
「雪乃」
杏羅のはっきりした声に、ピクリと雪乃の柳眉が動く。
「顔をあげなさい」
言われたまま顔をあげると、口を引きしめた杏羅の顔が見えた。瞳も何処か、固い決意を持っているかのようだ。
「……君が何を隠し持っているか、僕には知るよしもないけど……君は、僕にとっても大切な人だ。ナデシコを救ってくれた、ナデシコと友達になってくれた、あれだけ沢山のリンゴや薬を分けてくれた。……それだけで、君の心遣いがどれだけ人を救ったか」
その言葉を聞いて、雪乃はポカンと口を開けた。それに杏羅は少し顔を綻ばせて続ける。
「——だから、君はここに居て欲しい。怖がらなくていいんだ、君はここに居ていいんだよ」
ここに居ていい——居て欲しい。
その言葉が、素直に雪乃の心に沁み渡る。ポロポロと涙が零れた。冷え切った心が、だんだんと温まって行った。
ここに、居たい。ずっと、ここに居たい。迷惑になるかもしれないけれど、災いの元になってしまうかもしれないけれど、それでも一緒に居たい。
この人たちを、守りたい——。
それを何も知らないのに受け入れてくれたのは、初恋の相手だった。