複雑・ファジー小説
- Re: 六花は雪とともに【絵を書いてくれる方募集中☆あ、コメも!】 ( No.49 )
- 日時: 2011/12/16 18:24
- 名前: 火矢 八重 (ID: wVDXtEbh)
番外編その壱 妖と人と水神様と
今は昔、とは言わないけれど。
もう、どんなに想っても届かない思い出。
「ナデシコ、お姉ちゃんはね、水神様の奥さんになるの。奥さんになって、川の氾濫を止めるからね」
凛とした声は、ずっと耳に残っているのに。こんなにも、鮮やかに聞こえるのに。
——待って、待ってよお姉ちゃん。
そう叫んでも届かない。
「杏羅、ちゃんとナデシコの面倒を見るのよ。貴方、時々ボケるから」
隣に居るから届きそうなのに。
——お姉ちゃん、待ってよ! お願いだから、待ってよ!
いざ手を伸ばすと、空を切って届かない。
「じゃあね。お姉ちゃんは、貴方達の幸せを、何時までも願っているからね」
お姉ちゃん——!
届かない想いがあるって、知ったんだ。どんなに願っても、叶わないものがあるって知ったんだ。
その後の絶望と失望がどれだけ重いのかも知ったんだ。
——だから、期待するのを止めたんだ。
◆
「川姫?」
雪乃が尋ねると、川男はコクンと頷く。
ここはとある川。雪女の雪乃は妖である川男と一緒に釣りをしていた。
川男とは、その名の通り川に住む妖である。河童とは違って人間らしく、背が高くて肌が青い妖。おとなしい妖で、夜網で川に来た人間に愉快な話を聞かせる、そんな妖だった。
そんな川男が、ある話を雪乃に持ちかけた。
「何それ、貴方の女の子ばあじょん?」
はたして『バージョン』という言葉がこの時代にあるのかという突っ込みは無しの方向にして頂きたい。
雪乃が聞くと、川男は「めっそうもない!」と首を横に振った。
「オイラよりももっと物騒な妖でさあ。川姫っていうのはそれは美しい妖ですが、見とれてしまえば精気を抜かれるらしい。もう何人もの男が精気を抜かれて死んじまってますぜ」
「ふうん……川姫ねえ。聞いたことないなあ」
水面を見つめながら、雪乃は呟いた。浮きがぷかぷかと浮かびながら、円を描いている。
「……にしても、釣れないねえ」
「釣れませんなあ……」
そう。釣りを始めてかれこれ三時間は経っているのだった。しかし、一匹も釣れない。
退屈でふぁぁ、と雪乃は欠伸した。
「はしたないですぜ、雪乃嬢」
川男が注意する。
「あのさあ、だったら川姫とか物騒は話じゃなくて、もっと愉快な話にしようよ。じゃないと退屈で……」
「……雪乃?」
雪乃が言いかけた時、別の声が後ろから聞こえた。振り向くと、妖嫌いの雪乃の友人——ナデシコが居た。
「ナナナナナデシコ!? いいいつからそこに!?」
「えっと……今さっきからだけど。誰かいたの? 声が聞こえて来たんだけど」
その言葉に、ギクリ、と雪乃は固まる。——言い忘れていたが、川男は夜にならないと徒人の目には映らない妖である。つまり、雪乃は傍から見れば独り言を言っているのだ。それも、大きな声で。
「ききききききのせいじゃないかなあ? あ、あはははははは」
かなり苦しい嘘だ。とても苦しすぎる。そんなへたくそな嘘が、この少女に通じる訳も無く。
「……ねえ、今さっき川姫がどうとか言って無かった?」
「へッ!?」
「言っていたよね。ねえ、雪乃見たことがあるの?」
ぐい、と迫るナデシコ。あまりにも詰め寄っている為、雪乃は両手を振りながら、ついでに首も横に振りながら否定する。
「んな、私は見てませんよ!? ただ、私の友人がそんな話を持ちかけてね、釣りをしながら思い出して独りごと言ってただけ! あ、あははは……」
「……そっか」
「……どうして? ナデシコって、妖は信じなかったじゃない」
雪乃がそう言うと、ナデシコは落胆したようで肩を大きく下ろした。その様子に、不思議だった雪乃が尋ねた。
「……いや、妖は信じないけれど。でも、気になって」
「何が?」
「川姫はこの川に出るって、聞いたんだ。だから、気になって。……この川は、お姉ちゃんが私たちの為に身を投げた場所なの」
その言葉に、ああ、と雪乃は思い出した。ナデシコには亡き姉がいて、氾濫していた川を鎮める人柱となる為に、身を投げたと。それがこの川とは知らなかったが。
「もうすぐ、お姉ちゃんの命日に近いんだ。……だから、もしかしたらお姉ちゃんが帰って来たんじゃないかって」
そんなわけ無いのに。もう、期待するのは止めたのに、とナデシコは笑って言った。けれど、その笑顔は雪乃にはどうしても、無理に作っているように見えたのだ。
用はそれだけだったのか、ナデシコは去って行った。
「……あの娘、大切な姉さんを人柱にされて、それで妖をずっと否定していたんですかねえ」
ナデシコの去り姿を見送りながら、川男は言った。そうだとおもう、と雪乃も頷く。
妖や神という存在は。ただ、「恐ろしいモノ」「怖いモノ」というモノだけじゃ無くて、「憧れ」や「期待」もある。神様に頼めば今年は豊作になるかもしれない、自分が出来ないことを「何か」に押し付け、期待して、憧れて。
けれど、期待すると言う事は自分を「賭ける」と言う事で。
「……きっと、傷つかないように自分を守っているんだと思う」
そして、傷ついた時は何かのせいにすることで、痛みを和らげていたんだ。
そう思うと雪乃は、とても寂しく思えた。
- Re: 六花は雪とともに【絵を書いてくれる方募集中☆あ、コメも!】 ( No.50 )
- 日時: 2011/12/16 18:30
- 名前: 火矢 八重 (ID: wVDXtEbh)
◆
夜。中々寝付けないでいた雪乃は、家を出て水を飲みに川へ向かった。余談だが普通の妖はこの時間に活動している。雪乃も山で暮らしていた頃はこの時が活動時間だったが、村で生活するには人間のフリをしなければならない為、この時間は寝るようにしていた。
川につき、水を掬う。ぽたぽたと水が零れた。
「……おい、ここで何をしている? 人間」
「ひゃああ!?」
後ろからいきなり声をかけられた。油断していた為、雪乃は妖とは思えない、悲鳴をあげた。
恐る恐る振り向くと、そこには女の妖が居た。綺麗な茜色の上質な着物で、髪を肩まで揃えており、般若のお面を被っている。しかし、気になるのは彼女に所々ある怪我だ。着物も所々破れており、良く見ると爪が少しはがれていた。
「大丈夫ですか? 怪我を負っているじゃないですか」
雪乃が慌てて訊ねると、女の妖は不思議そうに言った。
「……変だと思えば、お前妖だったのか。……大丈夫だ、大した傷では無い」
「でもッ……」
「それよりもここは危ない。さっさと立ち去った方がいい。——忠告はしたぞ」
食い下がる雪乃に、女の妖は凛とした声で言い、そして去って行った。
去り姿を見送りながら、雪乃はふと思った。——あれが、噂の川姫ではないかと。
◆
黄昏時。雪乃は薬を持って川へ向かった。河原に、女の妖は座っていた。女の妖は雪乃の気配に気づいて、「昨日の……」と呟いた。
「よッ。キノウブリ」と、軽い口調で挨拶する雪乃。
「怪我していたでしょう? だから薬持ってきたの」
そう言うと、女の妖は「初め会った時から思っていたが……つくづく変わった妖だな」と呟くように言った。
爪が剥がれた手を塗る。ひんやりとした、気持ちいい手だ。——ボロボロになった指を見ると、凄く痛々しいが。
「私の名前は雪乃だけど……貴方……名前何て言うの?」
治療しながら聞くと、女の妖は言った。
「——……私は昔、人間だった。その当時の名は『桔梗』だが……今では『川姫』と呼ばれている」
その言葉を聞いて、やっぱりと雪乃は思った。——やはり、この妖は『川姫』だと。
「川姫って見惚れた人間を殺しちゃうんだよね。……ねえ、元人間のモノが、何で人を殺すの?」
聞くと、沈黙が流れた。居心地の悪い沈黙に、思わず「言わなきゃ良かったな」と思う雪乃。怒っているだろうか、と心配したが、しかし川姫は答えた。
「……別に、好きで殺していたわけではない。いや、私が存在することが災いと呼ぶべきか……」
そう言うと、川姫はポツリポツリと語った。
「……私は、医術師の娘だった。弟と幼い妹が一人ずつ居て、裕福ではなかったけれど幸せな日々を送っていた。両親はその何年も前に死んでね。私が、全て面倒を見ていた。
だが、雪が降っている季節に、珍しく大雨が降ってね。川が氾濫し、唯でさえ不作なのに、幼い妹が熱を出してしまった。薬が足りなくて、困っていると村人たちにこう言われた。——『薬は我々が持っている。妹にこれを飲ませばすぐ元気になる。この薬はお前にやるが、その代わり人柱になってくれ』——と。私は迷わず、人柱になることを選んだ」
人柱とは——川の氾濫を止めるため、水神様の怒りを鎮めるため、人身ごくう、として美しい娘を川に沈ませる儀式。水神の妻になることで、氾濫を止めてもらおうと。——ようするに、生贄だ。
一人を犠牲にすることによって、他の皆が助かる。そんな良く判らない人間の理屈で、川姫は生贄にされたのだ。
「——私は別に、あの卑怯で無情な村人たちの為に身を捧げたわけではない。……ただ、家族だけは守りたかったんだ。この命一つで、家族の命が守れるなら、それでいいと思った。……だが、それは大きな間違いだった。
命を投げ出し、気づけば自分は妖になっていた。そして、折角だから二人の様子を見に行こうと思った。二人とも元気そうだったが、村の者が姉の事を聞くと、妹は途端に泣きだした。弟も辛そうな顔だった。……そして、気づかされた。私は、命は守れても心を守れなかったのだと」
その言葉に、雪乃ははっとした。——この人は、もしかして。
雪乃の様子に気づかず、川姫は続けた。
「——そして、私が妖となったとき、私は人々の命を奪う鬼となっていたことに気づいた。私が望まなくても私の顔を見れば皆が死んでしまう鬼に。……この面は、顔が見えないようにするためだ。
だが、そんなことをしても私は人を殺し……大切なものを傷つけた。その罪は一生消えることは無い。せめてもの償いは——この世から去ることだな。前、忠告したのは私を祓う為に祓い人が来ていたからだ」
その言葉に、雪乃は気づいた。川姫が所々怪我していたのは、祓い人の仕業だったのかと。
「——だが、祓われても何の悔いも未練もない。寧ろこれは罰だと思っている。
人と言うのは情けないモノだね。後悔は先に立たない。……後悔した時はもうすでに手遅れだから」
◆
川姫と別れた後、雪乃は考えた。
川姫——いや、桔梗は杏羅とナデシコの姉ではないかと。そうだろう、と雪乃は結論づける。
(……『守れなかった』か)
布団を被りながら、雪乃は思った。
自分を犠牲にして誰かを守ることはとても凄いことだと思う。それを美徳と称える人もいるだろう。
だが——自己犠牲と自己満足は常に隣合わせだ。
自分を犠牲にしてほど相手を思うと言う事は、相手も同じほど自分を思っていると言う事で。
自己犠牲は——同時に、相手を傷つけているのと同じで。
けれど、一体誰が責められるだろう。皆同じほど思いあって、すれ違って、歪んでいって。……誰だってそんなことは山ほどあるのに、それを『罪』とされるなんて。
(……どうして、犠牲を出さなければならないんだろう。どうして、皆幸せになれないんだろう)
誰だって犠牲なんて出したくないのに。皆幸せになりたいだろうに。
判らない事ばかりで、どうすればいいんだろう。
- Re: 六花は雪とともに【絵を書いてくれる方募集中☆あ、コメも!】 ( No.51 )
- 日時: 2011/12/16 18:35
- 名前: 火矢 八重 (ID: wVDXtEbh)
◆
次の日の黄昏時、雪乃はまた河原へ向かった。塗り薬と山リンゴを持って。今日は川姫の妹の名を聞いてみようと思ったのだ。
河原に出かけると、数名の男が居た。黒い服で、まるで誰かを囲っているようだった。
間から覗くと、ビリビリッ!と、雷のような音と光と——陣の上に立つ、傷ついた川姫がいた。
(——川姫ッ!)
どうやら数名の男は川姫が言っていた祓い人のようだ。陣は何て書いているか判らなかったが、とにかく川姫が危ないことは判る。
雪乃は慌てて祓い人達を凍らせた……のではなく、眠らせた。冷気で眠らせることも可能なのだ。
祓い人が倒れると、雷は止み、川姫はずれて倒れた。
「川姫! 大丈夫!?」
雪乃が彼女の頭を膝にのせる。少し、面が割れ、瞼が腫れていた。
「……何故、止めた? 私の気持ちは、知ってるだろう……?」
川姫の言葉に、雪乃は早口で言う。
「——そんなの、友人だからでしょ!」
そう言って、川姫をその場に置き、雪乃は走った。
◆
(……どうして、あの子は)
自分の気持ちを知っているなら、どうして死なせてくれないのか。これは罰だ。何の理不尽も無いし、未練も悔いも無いのに。
そう聞いた時、あの子は私を叱るように言った。
『友人だからでしょ!』
友人だから——そう言ってくれたあの子の瞳に、何故妹の——ナデシコの面影を重ねたのだろう?
守りたかった、弟の杏羅と妹のナデシコ。けれどそれは——ただ私が寂しかっただけ。妹を失うのが、怖くて辛くて寂しくて——だから、置いて行かれる前に、置いて行こうと思っただけ。
なのに——あの子たちは笑っているだろうか? 私が居なくても、笑う事が出来るだろうか? それが心配で、私は——。
「「お姉ちゃん!!」」
忘れられない声が二つ、私の耳へ届いた。
その声は——杏羅とナデシコ?
私は瞼が腫れて、良く見えないけれど——。
「お姉ちゃんッ……お姉ちゃん!」
ああ、その声はナデシコだね。泣き虫なのは、今もなんだね。
冷たい手に、ナデシコの暖かい手が触れるから、とても良く判るよ。
「……ゴメンッ、お姉ちゃんッ……! 私のせいでッ・・・私のせいでッ……!」
言葉にならない程、泣いているんだね。こっちこそごめんね、ずっと
辛い思いをさせたね。
杏羅の手が私のもう一つの手に触れる。杏羅は何も言わないね。昔から杏羅はずっとそうして受け入れて来たね。
——ああ、そうか。ずっと、変わらないで居てくれたんだ。私の帰りを、ずっと待ってくれたんだ……。
「……お姉ちゃん?」
ヒックヒック、と嗚咽を漏らしながら、疑問形を私にかける。
ああ、私行かなきゃ。自分の手が、ナデシコと杏羅に触れていた手が、だんだん空気に溶けて行くのが判るよ。
「お姉ちゃんッ……! 行っちゃ、嫌だああ……」
ごめんね、ナデシコ。そうはいかないよ。
私はもう、ここに居られないんだ。ここに居てはいけないモノなんだよ。
ねえ……一つだけ、伝えたかったことがあった。これだけは、伝えるよ。
私を待っていてくれて、ありがとう——。
「……彼女の言葉は、伝わった?」
川姫の旅立ちを見送ると、雪乃はポツリと小さな声で聞いた。
ナデシコは顔を手で覆いながら、縦に首を動かす。どうやらそれが精いっぱいのようで、言葉にすることは出来なかったようだ。
代わりに、杏羅が答えた。
「聞こえたよ……『ありがとう』って」
雪は相変わらず降り続ける。けれど、その雪は雪女である雪乃が驚くほど、とても暖かった。
◆
「……そうですか、川姫——いや、桔梗さんは無事あの世へ行きましたか」
雪乃は川男に川姫の全てを話すと、川男は穏やかな顔で微笑んだ。あの後、祓い人のものたちは眠った前後のことは良く覚えて居なく、ややこしいことが起きる気配は無かった。
ナデシコは相変わらず、妖を憎んでいるが、それでも少し顔が穏やかになった。杏羅も元々穏やかだが、少しさっぱりした顔になった。
そして雪乃は今日も、川男と釣りをする。
「ったく、貴方も色々首を突っ込みますなあ」
「あはは、言われてみればそうかも」
笑って返せば、川男は滅多に見せない怒った表情で雪乃を叱る。
「笑いごとじゃありませんよ! 今回だって、一歩踏み外せば貴方も殺されるところだったんですぜ!?」
「あー、はいはい」
「はいはいじゃありません——!!」
川男の怒鳴った声が、木霊した。
人の気持ちというのは中々判らない。余計なおせっかいや、良かれと思った行動が相手を傷つけてしまうことだってある。
けれど、解りあおうとする気持ちは、何時かちゃんと伝わるだろう。