複雑・ファジー小説
- Re: 六花は雪とともに【出来ればコメください】 ( No.6 )
- 日時: 2011/12/15 21:04
- 名前: 火矢 八重 (ID: wVDXtEbh)
第一章 優しい雪女
地獄のような苦しみを誰もが抱いた中、優しい花がこの村に来てくれた。
その花は雪のように儚くも、春のような暖かさを持っていた。
けれど、私たちはその花に何もしてやれなかった。その花は雪のように淡く消え去ってしまった。
でもきっと、私たちは忘れないだろう。
この村に、鮮やかな六花が咲いたことを。
それまでは、ずっと私たちの心の中で咲き続ける——……。
◆
時は奈良時代。奈良にそれは大きな仏像が出来てすぐのことだった。
雪が降っている。純白ともいえる雪は、人の掌ではすぐに溶けてしまうのに、一晩で沢山積もってしまった。
雪とは、本来なら人々をはしゃがせる風物であろう。だが、今年の雪は、人々にとっては不運にもそんな生易しいものではなかった。
飢饉のせいで食べるものはもう僅か。伝染病がはやったせいで弱った体は、寒いこの冬には最も天敵である。
仏像を作り、すがろうとした国人たちにとっては、地獄以外に当てはまるものは無かっただろう。
そんな村の様子を、良く見渡す事が出来る頂上から、一人の少女が見ていた。
歳は十六、七だろう。薄い浅葱色(薄い藍色)の袍(ほう)に茜色の喪。漆黒の長い髪は紅色の髪飾りで結っている。
はた目から見れば貴族の娘に見えるだろう。だが、良く見るとその娘は——この国では絶対に見られない、納戸色(緑みがかかったくすんだ藍色)の瞳を持っていた。
明るい所で見れば、深く茂る緑にも見えるだろう。暗い所で見れば、深い海の色を思わせる、そんな瞳だった。
そして肌が——雪のように、白い。
彼女は、妖——雪女だった。
「——雪乃、また村を見つめているのか」
一人の男が、娘に近づく。
「白龍お義兄様」
雪乃と呼ばれた娘が、視線を男の方に向ける。
白龍、と呼ばれた男は二十五、六ぐらいだろうか。朱色の冠と袍を身につけ、青磁色の長紐と褶(ひらみ)を纏い、笏を持っている。
瞳は漆黒、肌も白いが雪乃と比べると少し朱が混じっている色だ。
白龍も名の通り——龍だ。人ではない。
白龍は雪乃の横に立つと、一つため息をついて言った。
「——一応言って置くが、人間の手助けをしようとは思うなよ。人間は我が身かわいさにあんな無謀な大仏を作り、森羅万象を崩そうとした。これは水の妖を率いる神のご命令だ。神は帝であり、我々妖はそれに従う僕(しもべ)なのだから」
「……重々承知しております」
雪乃の重たい声が凍った空気に響く。白い息が、ふうと出た。
「ならいいがな。逆らったりしたら、火あぶりの刑にされるぞ。雪女にとって、それが一番キツイ死刑らしいからな。——優しいお前のことだから、少し心配していたが」
そう言ってくしゃくしゃと雪乃の頭を撫で、白龍は去った。
白龍が去っても、雪乃はずっと村を眺めている。
雪乃はこの村を遠目でも眺めるのが大好きだった。この村は活気があって、楽しい行事が幾度もある。人間は妖よりも感情があって、可愛らしくて強い。だから見ていても飽きることは無かった。
村を見ると、無色だった世界が、あっという間に色鮮やかに感じたのだ。
(なのに、今は……)
なのに今は。何十年も雪が沢山積もったせいで、本当に無色のようにしか見えない。
雪のせいで飢饉で死ぬ人間も居た。雪のせいで除除に体力を奪われ、そのまま死んでしまうモノも居た。
それを見る度に——誰かが死んで、周りが悲しむ度に、雪乃は心を痛めた。
だけど、どうすればいいか判らないのだ。
自分が、何をしたいのか判らないのだ。
- Re: 六花は雪とともに【出来ればコメください】 ( No.7 )
- 日時: 2011/12/15 21:06
- 名前: 火矢 八重 (ID: wVDXtEbh)
雪乃は両親の顔を知らない。物心を着いた時には、誰も居なかった。
身内は誰も居なくて、時々死にかけたことが多々あった。妖に襲われ、日に当たって溶けそうになったこともあった。自分から火に飛び込むと言った、単なるドジもかました(つまりおっちょこちょい)。
まあ、そんなこんなの時——一人の村娘に助けられたことがあった。
雪乃は大けがを負った。足が動かなくなり、どうしようも無く一人で泣いていた。そんな時、山菜摘みに来た村娘が通りかかった。
娘は大けがを負った雪乃に、すぐに手当てを受けさせた。優しい娘で、家まで来い、とも言われたが、その頃の雪女である雪乃には人の家にある暖炉が天敵の為、丁寧に断った。
彼女は雪乃が雪女であることは知らなかったけれど——それでも、あの娘の暖かさを、笑顔を、雪乃は何百年経った今でも忘れられないのだ。
その後、水の妖を纏める帝に拾われた。独り身である雪乃を、帝は快く人の世では『貴族』と呼ばれる高貴なるものたちの中に、入れたのだ。
両親の顔を知らない雪乃に、知恵を与え、力を与え、存在理由を与えた。家族も血は繋がっていないが、皆優しかった。
白龍も優しい。時々意地悪をするが、とても優しい義兄だった。
だから、帝には恩義を感じている。それを仇で返そうとは思っていない。帝は、雪乃にとっても大切な人だから。
それでも。
(帝の考えには、賛成出来ない……)
人も帝も妖も——私は好きだ。
雪乃は優鬱な気持ちを抱えたまま、住処に戻った。
◆
人々は自分たちが助かりたい一心で、巨大な仏像を何年もかけて作った。
仏にすがり、苦しみから逃れようと。
だが、それは大きな自然破壊へとつながった。
骨組みを作る為に、木々が伐採され、水銀が使われたせいで多くの命が奪われた。それは、動植物だけではなく、妖もだ。
それなのに、人々は命を奪ってまで出来あがった大仏を、崇めている。
帝はそのことに激怒した。自分たちの利益の為に、多くの命を奪った人間たちを。しかも、それを神々を敬うと称して。
人や獣が生きているのは水のお陰。妖は人間の為にも水を作ってきたのに、恩を感じず仇で返すとは。
怒り狂った帝はある命を下した。——それは、大雪を降らすこと。
憎き人間どもを、地獄にさらして死なせる為に。
◆
——妖と人は相いれない存在だ。陽と陰が相いれないように。
だから、意見が違うのは当たり前だろう。立場が違うのも世界が違うのも当たり前だろう。
雪乃は、自分が妖だということは重々理解している。だから、最初からこっちの世界に住むと言う事も。
自分が思っても、こっちの世界に従うしかない。
けれど——そんな人しか居ないのだろうか。
人間は愚かで、弱いものだろうか?
妖や帝が言っているのは——全て正しいことだろうか?
考えれば考えるほど苦しくなる。辛くなる。
はあ、とため息をついた。
布団を頭まで被り、目を閉じる。湿っぽい匂いがした。
(もう、考えることは止めよう)
そうだ、どうせ自分は何も出来ない。何をどうしようとしたって、何も出来ないのだ。
雪乃はそのまま、寝ることにした——。