複雑・ファジー小説
- Re: 六花は雪とともに【絵を書いてくれる方募集中☆あ、コメも!】 ( No.64 )
- 日時: 2011/12/16 18:45
- 名前: 火矢 八重 (ID: wVDXtEbh)
番外編その弐 交差するモノ
「杏羅さーん、お薬と食糧持ってきましたー」
「あー、ありがとう、雪乃」
「いいえー」
雪女の雪乃が実家を飛び出して早十五日たった。雪乃が想いを寄せている杏羅の家に、雪乃は毎日と言っていいほど通っている。今日は鱗の薬と、山リンゴ、それとワカサギを持ってきた。
その様子を見て、杏羅の妹ナデシコが「まるで夫婦のようだ」とからかってきたが、雪乃はただ、微笑みをつくるしかなかった。
(そう出来たら、どんなに良いだろう)
そう淡く希望を持つが、それは叶わないだろうと思う。
自分は雪女なのだ。熱に弱く、それ故人に直に触れば溶けてしまう、脆い妖。そんな自分が、杏羅と一緒になれるはずはないと、ずっと言い聞かせてきた。
だから、この気持ちも伝えずにいようと思った。彼を惑わすことはしたくなかったからだ。
「それでは」
「はい、お大事に」
雪乃が着いた時、老婦人が杏羅の家を出て行くのが見えた。少し足元をふらつきながら、帰路を急ぐ。
気になって、雪乃は杏羅に訊ねた。
「あのお婆さんは……?」
「ああ、ちづさんと言って、最近よくうちに通うんだ。……もう、先は短いようだけど」
杏羅の最後の言葉はあまりにも小さくて聞き取れなかったが、雪乃は見た時から気づいていた。
杏羅は背伸びをしながら言う。
「何とかしたいって思うんだけどね。命には限りがあるからなあ。……こういうのは、傲慢なのかもしれない」
そう言って、少し俯いた。
(……傲慢なんかじゃないよ)
雪乃は心の中で思った。思っただけで、口には出さなかった。
傲慢なんかじゃない、誰だってそう望んでしまうよ——。
◆
「ただいまー」
雪乃がそう言うと、「「おかえりー」」と必ず契約している精霊たちが返す。だが、今日は何も返事が無い。
中を覗くと、月乃と花乃がしゃがみこんで、何かをしている。
「……月乃、花乃—?」
「あ、おかえりなさーい」
「今丁度ニャンコの手当てしていたんだよー」
「……」
精霊たちの言葉に、無言で返す雪乃。
そこには、雪のように真っ白なニャンコが寝ていた。
(なななななななにこれ!? なにこのかわゆいニャンコちゃん!? 抱きしめたい頬ずりしたいくんくんしたいッ……!! ああでも私雪女だった!! ニャンコに触ればあっという間に溶けてしまうんだった!! ……で、でも!!触りたいッ……!! でもダメッ……!!)
「……大丈夫—? 雪乃」
雪乃の心の中で天変地異が起きていたことに、精霊たちは知るよしもなかったし、知る必要もなかった。
「……ねえ、聞くけどこれ猫又だよね?」
やっと落ち着いた雪乃が、精霊たちに訊ねる。
すやすやと寝ているニャンコは愛らしい姿だが、妖気を発散させているということは、このニャンコは間違いなく妖なのである。それに、普通のニャンコではありえない、元は一本だったのだろう真ん中で割れるように二本になっている。
「うん、でも怪我してたしー」
「妖気に凶暴な色は無いしー」
「……そっか」
そう聞いて、雪乃は精霊たちの頭を撫でる。穏やかな顔で、精霊たちは気持ちよさそうに笑った。
「……ん」
「あ、気がついたー」
パチリ、と猫又の目が開く。月乃が明るい顔になった。
「……ここは?」
きょろきょろと辺りを見渡し、雪乃の方を見る。すると、驚いた顔で呟いた。
「……ちづ?」
「え?」
雪乃が少し驚くと、猫又は首を振った。
「いや、匂いが少し違うな。それに、何十年も同じ姿はしていないはずだ。……だが、良く似ている」
独りごとのように言い、少し俯いた。
何が何だか良く判らない為、雪乃は猫又に現時点のことを伝える。
「あ、私は雪女の雪乃。わけあって人間と同じ生活をしているの。で、貴方怪我していて、見えないだろうけど私の精霊が手当てしたのよ」
早口で伝えた為、猫又はポカンとした顔をした。その様子に、しまったと雪乃は思った。
(どうすれば、ちゃんと伝わるのだろう)
自分の言葉で、相手に伝えると言う事は、中々難しいことである。
「えっと……とにかく、この者たちが手当てしてくれたんだな?」
「あれ? 私たちの事が見えるのー?」
猫又の言葉に少し驚いた顔で言う花乃。それには、雪乃も驚いた。
精霊を見る妖は少ない。少なくとも雪乃の周りには一人もいなかった。
「……そうか、これが精霊か。この目で見るのは初めてだが。何から何まですまなかったな」
猫又自身も驚いていたようだ。だが、礼儀正しくお礼まで言う。それに、「「いいよー。気にしてないしー」」と、精霊たちがのんびりとした声で返した。
「……ねえ、聞きたいんだけれど、ちづさんって……」
雪乃が聞くと、猫又は小さな目を見開く。
「……お前、知っているのか?」
「知っていると言うか……今日すれ違ったんです」
雪乃は、今はもう老いていて、医術師の家に通うほど体調が悪くなった、と猫又に伝える。
「……そうか、道理で同じ匂いが少ししたんだな」
「……知り合いなんですか? 良かったら聞かせてください」
雪乃は願い申しでた。——人の過去の事を根掘り葉掘り聞くのは好きではないが、あの人の顔を見るととても気になったのだ。
猫又は戸惑いながらも、ポツリポツリと話しだした。
- Re: 六花は雪とともに【絵を書いてくれる方募集中☆あ、コメも!】 ( No.65 )
- 日時: 2011/12/16 18:46
- 名前: 火矢 八重 (ID: wVDXtEbh)
◆
「……あれは、もう五十年以上前の話だ。ちづは妖のモノの姿を目に写すことが出来るほど霊力が高くてな。その為、良く妖に狙われることが多かった。……その為、妖を嫌っていた。
そんな時、怪我をしている私を、ちづは手当てをしてくれてね。私がただの猫だと思っていたのだろう。彼女は、妖気を感じ取るほどの器量は無かったようだ。
最初、私は彼女を喰おうと思っていた。生意気な人間、食ってやる、ってね。……私を猫だと思っていた彼女は、一方的に私に話しかけたよ。自分が楽しいと思ったこと、美しいと思ったこと、嬉しいと感じたこと……。
私は喋ることはしなかったけれど、彼女の笑顔が愛らしくて、彼女が喋っていることに耳を傾け……彼女といる時間が、楽しいと思い始めた。
そんな時、ふと私は思ってしまった。自分も喋れたら、どんなに楽しいのだろうと。——私は人間に変化して、彼女に近づいた。
彼女は私をあの猫とは知らなかったけれど、私に対しても優しくしてくれた。話したり、笑ったり、楽しんだり。……何時しか私も彼女も、惹かれあっていた」
目を細め、幸せそうに語る猫又。その様子に、思わず雪乃も微笑む。
「——だが、その幸せも終止符を打たれた。
……彼女よりも先に、周りの村人たちが私の正体に気づいてしまってね。ちづを説得させようとしたけれど、ちづは聞く耳を持たなかった。
……そしてとうとう、村人たちはちづと私を殺す行動を取った」
はっと、雪乃は心に何かが刺さったような気がした。
猫又が紡いだ言葉には、とても暗い色があったからだ。
「……私は怒りのあまり、村人たちを噛み殺し、抉り、首を取った。……我に返った後、そこは地獄のような惨状だった。生き残っていたのは私と、脅えているちづで。……ちづの真っ青で脅えている顔に、私は自分の罪の重さを知った。
——私は猫又だ。人を噛み殺す、血でまみれた猫又だ。どんなに人を好いても、本性は鬼だったのだ。……本当は、あの時欲を止めればよかったのだ。人と言葉を交わしてはならなかったのだ。……そうすれば、ちづは傷つかなかった」
その最後の言葉が、雪乃の心を一番抉った。
◆
猫又は自分の過去を告げると、また眠ってしまった。
どうやら精霊たちの前に、大物の妖に妖力を吸い取られたようで、もう命は僅かのようだった。
夜も遅いので、雪乃たちも寝ることにしたが、雪乃だけは中々寝付けなかった。
猫又の話を聞いている時、まるで自分と杏羅のようだと思った。
(——妖と人は、交わってはならない、か……)
正論だと思った。だって、妖と人は別モノなのだから。楽しい時間に終わりを告げた時、とても辛いことにはなるだろう。
けれど、雪乃は杏羅と出逢ったことを、悔いてはいない。例え辛い別れが来るとしても、楽しかった思い出は残るのだから。
交わってはならないなんて、雪乃には言い訳のように聞こえた。
◆
翌日、雪乃は杏羅にちづの家を教えてもらった。教えてもらうついでに、ちづに渡す薬も預かった。
家の前に、丁度ちづが居た。どうやら、今から杏羅の家へ行こうとした所らしい。
ちづさん、と話しかけると、あら昨日の……と、優しげな声が返って来た。
猫又から聞いた通り、とても優しい方だった。雪乃は猫又のことをちづに聞いた。
「……そう、貴方も妖が見えるのね」
「ハイ、最近会った妖が、貴方は昔見えていたと聞いて……」
妖とバレるのを避けるため、自分は見鬼の才があるとちづに言った。ちづになら言っても良いかもしれない、と一瞬思ったが、ちづの口から他の者に伝わらない、とは限らない。
「……ねえ、貴方の目には、私はどう映っているかしら?」
ちづは少しため息をついて、雪乃に訊ねた。
「とても優しい方に見えます」
雪乃が素直に言うと、ちづは少し自嘲気に笑った。
「……そう、貴方にはそう見えるのね。でも、違うのよ。
私はね、とても仲が良い妖が居たの。妖とは知らずに、……好きになってしまった」
その言葉に、ドクンと雪乃の胸が鳴った。
「……けれど、それを伝える前に、あの人は去ってしまった。……理由は私が弱かったから。あの人は私を怖がらせたと思って去ってしまったけれど、本当は違うのよ。それはちょっとは怖かったわよ? 妖と知って傷ついたし、恨んだりもした。……でも、それでも私はあの人のことが好きだった。
けれど、伝える勇気が無かったのよ。……戸惑いがあったから」
また一つ、ドクンと胸が鳴った。
ぽろぽろと、涙を零すちづ。手で覆い、我慢できなくなって叫ぶように泣いた。
「……私に、あの時、伝える勇気があったらッ……! もしかしたら、何か変わっていたかもしれないのにッ……!」
猫背になるちづの背中を、雪乃は触れるわけにもいかず、ただ見るしか出来なかった。
- Re: 六花は雪とともに【絵を書いてくれる方募集中☆あ、コメも!】 ( No.66 )
- 日時: 2011/12/16 18:48
- 名前: 火矢 八重 (ID: wVDXtEbh)
◆
今日ちづに聞いた事を、そのまま雪乃は猫又に伝えたが、猫又は返事だけ返し、後は何も言わなかった。
その日、雪乃は夢を見た。猫又と、幼かったちづが、楽しそうに遊んでいる姿だった。
猫又は、幼いちづに頭を撫でたり、からかったり、叱ったりする。ちづも、撫でてもらって気持ちよさそうに笑ったり、からかわれたことに怒ったり、叱られてしぼんだ顔をしたりした。
それは色鮮やかな豊かな時間で、見ている雪乃も楽しかった。
けれど、その場面はあっという間に血と骸の地獄へ変わる。白と黒と灰色の時間の中、猫又が闇に消え去った。その後をちづが慌てて追う。
『ねえ、待ってよ!!』
必死に、手を伸ばすちづ。けれど、届いたものは猫又の幻で、掴んだ途端消えてしまう。
『お願いだから、出てきて!! 傍に来て!!』
髪を乱し、叫びながら誰も居ない闇の中を走るちづ。やがてだんだん息遣いが小さくなり、ついには走るのを止めた。
けれど、喋るのは止めなくて。小さくなっても、必死に闇に語りかけた。
『……お願いッ、出てきてよッ……!!』
その言葉を聞いて、雪乃は悟ってしまった。
(——ああ、そうか。ちづさんも、猫又も、妖だろうが人だろうが関係なかったんだ)
ただ、人の目が気になって。自分の想いを否定されるのが怖くて、逃げてしまったんだ。
だから、悔んでいるんだ。——自分が、戸惑ってしまったことに。
「……ん」
目を覚ました。まだ夜明けは来ていないようで、精霊たちも寝ていた。
上半身を起こすと、猫又も起きていた。
「アレ、猫又さん。起きていたんですか?」
「……そろそろのようだな」
「え?」
雪乃が聞き返した途端、猫又の体が光り出した。パアアアと、淡く蛍のように光っている。
「ね、猫又さん!? どうしたんですか、光り出しましたよ!? 」
慌てて雪乃が聞く。その声に、寝ていた精霊たちが起きた。
「……猫又さん、どうして光っているのー?」
「消えちゃうのー?」
目をこすりながら、精霊たちは哀しそうな顔で言った。
「……精霊たちに助けられる前、私は大物の妖に大分妖力を吸い取られた。傷は治ったが、妖力が全て枯渇したのだろう。妖力が無くなれば、ただの猫になる。猫には重すぎる妖の生は……瞬く間に消え去ってしまう」
雪乃たちに説明し、前足をペロリと舐める。どうやら、もう心の準備は出来ていたようだ。
「……やり残したことは、ないんですか?」
雪乃が尋ねると、猫又は目を開き、少し間を開けて言った。
「……赦されるとしたら、一つだけやりたいことがある。一言でも……ちづに、伝えたい」
その言葉を聞いて、雪乃と精霊たちは猫又を連れて、家を飛び出した。
- Re: 六花は雪とともに【絵を書いてくれる方募集中☆あ、コメも!】 ( No.67 )
- 日時: 2011/12/16 18:50
- 名前: 火矢 八重 (ID: wVDXtEbh)
◆
——あのひとは、何処? 私の頭を撫でてくれた人は、何処に居るの?
「あの人はッ……!」
そう叫んで、手を伸ばした。
気づくと、ちづは夢の世界から現実に帰っていた。びっしょりと汗をかいて、とても居心地が悪い。
汗をぬぐい、水を飲みに外へ行った。フラフラの足取りで、とても危ないが、自分には伴侶も子供も居なかった。近くの若者が一緒に住もうかと言われたが、ちづはそれを丁重に断った。——命運が尽きる時に、死ねばよいのだから。だから、自分の身の安全のことは放っておいた。
湧水で顔を洗い、水を飲む。冷たい水が喉をうるおした。
その時、どしんどしんと、大きな音が聞こえた。地が震え、足元が揺れる。ちづは後ろを振り向いた。
そこに、大きな熊の手が、ちづの目の先までせまっていた。
その時、ちづは不思議なことに焦ってもいなかった。ただ、ああ助からないな、と思ったのだ。熊の素早い動きが、ちづの目にはとても遅く見えた。
覚悟し、目を閉じる。だが、いくら待っても熊から襲われる衝撃は来ない。
恐る恐る目を開くと、パリパリパリッ……と、熊の手が氷に包まれた。そして、あっという間に熊が氷漬けされた。
何が何だかわからないまま、ちづは周りを見渡した。その時、ちづ、とちづの忘れられない声が、老いて聞こえづらい耳にはっきりと届いた。
「……その声はッ……!」
ちづが振り向くと、人間に変化した猫又が居た。
ちづは驚いて、老いてよく見えない目を大きく開き、やがて猫又の胸へ飛び込んだ。猫又はそっと、両手をちづの背中に回した。壊れないように、そっと。
年寄りの人間より、少し高めの温度がちづを温める。
「ごめ……ッんなさッ……い! ごめんッ……なさいッ!」
涙を零しながら、伝えるちづ。その時、違うと心の中で思った。
(——私が伝えたいのは、謝罪じゃない)
その想いが、ぐるぐると頭の中で回った。——私が、伝えたかったのは……。
「ちづ……ごめんな」
猫又の言葉に、ちづは驚いて猫又の顔を見た。ちづの目に、淡く光りながら消えていく猫又の姿が見えた。
「……傷つけて、ごめんな。でも、とても嬉しかったんだ。とても、楽しかったんだ。あの時、話しかけてくれて、笑ってくれて、隣に居てくれて」
「「……ありがとう」」
最後の言葉は、猫又とちづの声が重なった。猫又もちづも、泣きながらでも心から微笑んでいた。
猫又の虚像を、目を細めてちづは抱きしめたままだった。
「……フウッ。間一髪」
雪乃が遠くの所から呟く。熊が氷漬けされたのは、雪乃の仕業だった。あの熊は鬼熊という妖の一種で、猫又と同じく長い年月を経て妖力を手に入れたと考えられる。
猫又の妖力を奪ったのも、あの妖の仕業だろう。
(……猫又さん、私にはちづさんと貴方の心が交わっているように見えたよ。ちゃんと、通じあえたのが見えたよ。猫又さん)
——貴方は、とても嬉しかったでしょう?
雪乃は人知れず、微笑んだ。
◆
それから数日後、ちづは息を引き取った。
雪乃も葬儀に立ち寄ったが、ちづの顔はとても穏やかで、幸せそうだった。きっと、黄泉の国で猫又と一緒に過ごしているんじゃないだろうか。願わくはそうで居て欲しい、と雪乃は思った。
(——人と妖が共存することは、とても難しいかもしれない)
人は妖より寿命が短いし、妖は誰かが信じてくれないとあっという間に消えてしまう。妖は凶暴な力を持っている者も居るし、人も極悪人だっている。妖と人は別ものなのだ。
でも、一瞬だけでも交わらないとはいえない。時に交差して、共感して、同情して……妖も人も、寂しいと思う気持ちが一緒なら、愛しいと思う気持ちも一緒だと思う。
(例え、杏羅さんやナデシコが、私の傍を離れたとしても)
私が感じた想い出は、消えることはないから。
だからきっと、大丈夫。
「……うんッ! 大丈夫!」
笑顔で、雪乃は言った。