複雑・ファジー小説
- Re: 死者の錯視(コメント募集!) ( No.1 )
- 日時: 2012/02/15 21:32
- 名前: Lithics (ID: pJ0RzEWL)
『Day Dream』−2
コツコツと、二人分の皮靴を音が響く。昨晩、風に混じっていた雪は結局積もらず。若干濡れて色の濃くなったアスファルトに、キラキラと氷の結晶が光っているだけだ。隣を歩く美人さんは、冬に負けない白い頬を寒さで赤くして。
「ね、咲人、なんかしゃべってよ」
「却下だな。下手なラブコメじゃあるまいし」
「……なんでコメディー前提かな。いいじゃない、幼馴染なんて鉄板よ?」
苦笑いする舞。そりゃ、『却下』とか言った時点で『なんかしゃべってる』訳だから情けない。舞も俺も、無言に耐えられない性格じゃないんだが。それでも根暗な訳でもなし、舞が俺にちょっかいを出して俺が応えるというスタイルが定着している。
「俺と舞がベタベタしてたら、それだけでコメディーだよ」
「うん、楽しそうね。やってみる?」
「んにゃ、遠慮する」
笑い死……興味はあるが、成功するとは思えない。仮にそれで死んだら、今までの努力がなんだったのか分からなくなる。……それに舞だって本気ではない、と思う。もう習慣のように俺に寄ってくる奴だから、もし本気だったら相当に傷だらけ。一日に5回は失恋している計算になる。
——それに。こんな俺に、恋愛なんて許されるモノではない。『死にたい』という欲求は甘美なものだが……それゆえに多くを捨てる必要があった。
「ね、咲人。昨日の夜、何処かに出かけてたの?」
「ん? ……昨日は満月だっただろ。それを見に行ってた」
ほら、この調子で話題は変わって行く。きっと、昨日の夕飯でも用意していてくれたのだろう。舞には悪いが、別に嘘をついた訳ではないから許してもらいたい。だけど、彼女はすっと目を細めて。
「月を? ふ〜ん、昨日、雪降ってたし、寒かったわよね?」
「ああ、降ってたし、寒かったな」
「そんな中、真冬の天体観測、と?」
「ああ、そうなるな」
……駄目だ、信じちゃいない。でも、どうやった所で事実は話せないのだから、これで納得してもらう必要がある。だが。
「……風邪、引かなかった?」
「ぐぅ……だ、大丈夫だ……」
そっちかよッ、と突っ込みたいのを必死で抑える。これは罠だ、自分が疑っているのを見せつけてから、急に矛先を変える姦計。これに引っ掛かると、俺が嘘をついているという事になる逆説の罠。
「そ? 酔狂ね、咲人は。でも昔からそうだっけ?」
「そうそう。月を見に行こうって思ったら、丁度満月でな」
「そうね、綺麗な満月だった。ああ、その時、貴方と私は同じ月を見上げていたのですね?」
昔を思い出したのか、それとも何か隠しているのはバレているのか。芝居がかった台詞を吐きながら、くすくすと笑う彼女は。こんな俺の強敵であり続ける、それこそ酔狂な人物だった。
「……ほら行くぞ、恥ずかしい奴め。演劇部だからって早朝ミュージカルはよしてくれ」
「あらあら? いきなり女の子の手を引くなんて、咲人ってば意外と……」
「うるさい、お前の手なんぞ自分のと変わらん。それより、学校につくまでにネコ被る準備しとけ」
「ふふ、は〜い。ね、学校まで繋いでてくれる?」
「……却下。やってられるか」
こうしてがやがやと、二人だけの登校をこなす。学校に着けば友人たちが待っていて、個性的な教師陣も居る。それは、何も不満のない日常。
——そうだ。何の不満も無い。当たり前だろう、その日々は昨日と変わらないのだから。