複雑・ファジー小説

Re: dis 3011 【1/26 新章追加更新】 ( No.45 )
日時: 2012/01/29 14:26
名前: 秋原かざや ◆FqvuKYl6F6 (ID: 76WtbC5A)

◆懐かしい香りともう一人の訪問者
 それは、懐かしい懐かしい夢だった。
 俺はまだ、僕と言っていた頃の話。

「まあ、そこまで出来るの? 私はサポートプログラムがないと操作できないというのに」
 長い髪を片手で押さえながら、エメラルド色した瞳を僕に向ける。
 カリス姉さん。血のつながりは無く、そう呼ぶようにと姉さんから言われてるから、そう呼んでいた。
「よくやった、旬!!」
 母さんは、嬉しそうに僕を抱きしめると、ぐしゃぐしゃと髪の毛をかき回すように撫でまわした。髪の毛がぐしゃぐしゃになるから、そんな撫で方止めてほしいと思うんだけど、キライにはなれないのは、やっぱり相手が母さんだからか。
 結果を覗き込みながら、銀髪の父さんも微笑む。
「これなら、万が一のときは、旬に頼めるね」
 父さんは乱れた髪を直すように、頭を撫でてくれた。
 このときが、一番、幸せだった。
 母さんがいて、父さんがいて、そして、優しい姉さんがいて。
「んっ。けど、それができるからって、何でもできるって思わないで欲しいね」
 僕に似た、兄さん。
 ただ、僕と違うのは、その真紅に染まる髪と、燃えるような赤い瞳だろう。
 それも、カラーコンタクトやウィッグで何とでもなる。
「咲、また変なことしただろ?」
「何を?」
 しらばっくれるつもりか。
 僕は両親のいる前で、暴く。
「僕の恋人を、僕の顔で泣かしただろう!!」
「それ、本当にオレ? もう一人のお前がやったんでしょ?」
 怖い怖ーいお前が、ね……。
 呟くように、けれど僕には聞こえるように。
「貴様っ!!」
「はいはい、喧嘩はやめやめ!! よく見な、カリスも驚いてる」
「「………」」
 母さんの右手には、咲、左手には僕。その顔を無理やり、カリス姉さんに向ける。
「……ごめんなさい」
 先に謝るのは、いつも僕だった。
「よしよし、旬はえらいね。で、咲は?」
「……オレは、悪くないっ」
「あ、こらっ!!」
 立ち去る咲。残されたのは、僕と母さんと父さんとカリス姉さん。
 ふわりと、また母さんに抱かれる。
「もう少し、優しい心を持ってもらえると嬉しいんだけどね?」
 懐かしい香りがした。母さんのいつも付けている、優しい香水の香りが……。

 はっと、目が覚めると、そこは知らない場所だった。
「えっ!?」
 思わず起き上がり、そして、自分がまだアカデミーの制服を着ていることに気づかされる。
「あ、あれ……」
 驚きつつも、頭を整理する。ああと、思い出した。
「さっきの、夢……」
 ゆっくりとけれど、確実に現実に引き戻された。
 アカデミーで殺されかけたこと。小雪の案内でエルシィの家に厄介になってること。
「でもなんで、あんな夢……」
 思い出した。
 初めてエルシィと出会ったとき。
 胸で抱きとめられたとき。
 そのとき嗅いだ、あの香り……。
「母さんと、同じ……?」
 そんなことはないと、首を振ると、飲み物を飲むために旬は、簡易ベッドから起き上がり、キッチンへと向かったのであった。


 そこには既に朝食の準備を始めている二人がいた。
「おはようございます、旬さん。調子はいかがですか?」
 小雪に声をかけられて、俺はちょっと嬉しくなる。
「おはよう、小雪さん。えっとエルシィさんも」
「ああ、おはよう」
 エルシィは、慣れた手つきでベーコンエッグを作っていた。ご丁寧に三人分。どうやら、俺の分まで作ってくれたようだ。
 席について、小雪に微笑みかける。
「調子はいいよ。慣れないベッドで寝たから、ちょっとだけ体が痛いけど」
「あのベッド、固いからね。けど、慣れれば体に良いんだからね、あのベッド」
 そういって、エルシィは出来立てのベーコンエッグをテーブルに置いた。
「さあ、メンツも揃ったことだし、飯にしよう! サバイバルの鉄則は、飯を欠かさずにちゃんと食べることだからね!」
 ベーコンエッグに焼いたトースト、それに暖かいミルク。
 エルシィに感謝しながら、旬はそれらを完食したのだった。

「さて、一息ついたんだが……」
 食後のコーヒーもいただきつつ、エルシィが口を開く。
「考えたんだけど、やっぱり旬は暫く、ここにいた方がいい。それも2週間とか3週間くらい」
「そんなに、ですか?」
 制服を着替えたいのだけれど……そうも言ってられないってことか?
「着替えたいのはやまやまだけどね、あんたのその服、意外と頑丈に作られてんだよ」
「えっ?」
 エルシィの言葉に思わず声を上げてしまう。
「なんだ、知らなかったのか? アカデミーの制服は、万が一に備えて、一番丈夫な素材で出来ているんだ。未来を担う子供の命を守るためにね」
「……知らなかった……」
 まじまじと自分の制服を見つめてしまう。
 普段何気なく着ていた、この制服に、そんな効果があったとは、知らなかった。
「それなら、そのまま着ていた方が安全ですね」
「そういうこと」
 小雪の言葉にエルシィが頷く。
 と、和やかな時を過ごしていた瞬間。

 ドドーーーンっ!!

 そんな激しい物音と共に、ぐらぐらと建物が揺れた。
「な、なんだ!?」
「エルシィ、外を!!」
 小雪が指差した窓の先、そこには、エアバイクに乗った……。
「仮面の、男!?」
 その肩には、ロケットランチャーが担がれていた。
「ごきげんよう、旬君。君を迎えに来たよ」
 無礼な相手に俺は、窓を開けて叫んだ。
「何が迎えに来た、だっ!! それを撃ったら、この建物が壊れるだろ!?」
「これでも丁寧にご挨拶したつもりだったんだけどね……」
「何が丁寧だ!! 呼び鈴でも鳴らせばよかっただろうが!!」
 そう旬が叫ぶと。
「僕は鳴らしたよ。1時間もずっと」
 その真面目な返答に思わず。
 ------良い人かもしれない。
 その場にいた三人が、同じことを思った。
 が、すぐに気づいたのは、旬。
「だからといって、やっぱ、それを撃ち込んで良い理由になるかっ!!」
「まあ、旬君とこうして話ができたんだ。さあ、僕と共に行こう。姫達が待つ、『楽園』へ」
 仮面の男は、満面の笑みで、手を差し出してきた。
「誰が、お前と行くもんか!!」
 その答えと共に、小雪も動き出す。
 腰に付けていたバックパックから、伸縮式警棒を取り出し、それを一瞬で伸ばすと、ブーツを踵を鳴らした。
『反重力システム作動』
 あの声が聞こえて。
「旬さんを渡しはしません!」
 小雪は開いた窓から、飛び上がり、仮面の男へと警棒を振るう。
「おっと、物騒なお嬢さんだ」
 エアバイクを巧みに操作しながら、その攻撃を避ける仮面の男。
「旬、今だ!! 逃げるぞ!!」
「で、でも、小雪さんがっ」
 エルシィに手を引かれ、俺は小雪の方を見た。けれど、エルシィの手の方が強くて、抗えることなく。
「小雪のことは心配ない。あの子はあの子で何とかやっていける。それにあたしの携帯を渡してる、だから、大丈夫だ」
 そのまま地下のガレージへと進み、奥に止められたバイクにエンジンを吹かすと、旬にヘルメットを投げ渡す。
「早く乗って! あんたも死にたくはないだろ?」
 しばらくヘルメットを見ていたが、観念したように、エルシィの後ろに座って、ヘルメットを被った。
「しっかり捕まってな。行くよ!!」
 ガレージの扉を開けて、エルシィは飛び出すようにバイクを走らせた。
 旬は、まだ後ろで仮面の男と戦っている小雪を見て、胸が締め付けられるような、悔しい想いに捕らわれていた。